【手紙を開くと】
「さて、今回は何を作ってきたんだ?」
差し入れにと貰った小袋を開けると、中から甘い匂いが漂ってくる。クッキーの類なのだろうが、正式な名称は知らない。
「ん…相変わらず美味いな」
サクサクと食べながら、差し入れと一緒に受け取った手紙に目をやる。内容はかなり気になるが、中々読む勇気を持てずにいた。
「部活の話か、これからの話か、それとも両方か…。はぁ〜…」
教室で見かけた時のあいつと同じような、重いため息が漏れる。
「あいつも、こんな気持ちだったのかな…」
勢い任せだったとは言え、受け取ってしまった以上、手紙を読まない訳にはいかないだろう。
覚悟を決めて、手紙を開く。
_______________
…あぁ、そうか。
お前は、そんな風に思っていたのか。
そんなことを考えていたのか。
【ふとした瞬間】
ふとした瞬間に思い出す
みんなとの青春とひと時
ふとした瞬間に気づいた
君がよくする何気ない癖
ふとした瞬間に自覚した
私は、君のことが好きだ
【好きだよ】
「なんでここまで言われなきゃいけないの」
「それくらい出来ていないから言ってるの」
「社員じゃないんだから…」
「社員じゃなかったら適当でいいの?もう3ヶ月経つでしょ?」
「はいはい」
「…前々から気になってたんだけどさ、なんでタメ口なの?ここ職場だよ?」
―――
「お疲れ」
「おう、お疲れ。久し振りだな」
半日シフトの仕事終わりに、友人とランチの約束をしていた。
お互い仕事で忙しく、会うのは1ヶ月ぶりだろうか。
「ほんと久し振り。休み全然合わなかったもんね」
「そうだな。ほら、早く行こう。話聞いてやるからさ」
「うん、ありがとう」
今日はただのランチ会ではない。仕事で積もり積もったストレスの発散も兼ねていた。
本当は、お互いの休みが重なる日に会う予定だった。しかし、あまりにも色々と“酷い”新人のおかげで、私の精神が限界を迎えていたのだ。そこで、「半日だけでも予定が合う時に会っておこう」と提案してくれたのだ。なんとも有り難く、頼もしい友人だ。
そうこうしている内に店に着き、注文を済ませる。
「それで?例の新人さんは、今度は何をしでかしたんだ?」
「無断で早退した」
「は?」
「何もしないで10分以上突っ立ってやがると思ったら、何の断りもなしに帰りやがった」
「なんだそりゃ。何があったんだよ」
「うーん…。3ヶ月も働いてればさ、何がどの程度必要かってわかるじゃない?」
「まぁ、日によって変動しなければな」
「でしょ?で、用意する物は沢山あるのに随分ゆっくり作業しているもんだから、声かけたの」
「どんな風に?」
「それじゃ全然足りないけど大丈夫?って。…前科があるから、この時点でもうイライラはしちゃってたかも」
「それで、なんて返ってきたんだ?」
「あぁ…って」
「あ?なんだよそれ。そいつ後輩なんだよな?」
「そうだよ。んで、今までもそんな舐めた口の利き方するもんだから、もう我慢できなくなって怒っちゃったの。そしたら、“なんでそんなに怒られなきゃいけないの?”だって」
「…とんでもねぇ奴だな」
「挙句の果てには“正社員じゃないんだから…”なんて言い始めてさ。正社員レベルの仕事なんてさせてないし、高校生でも務まる程度の仕事しか任されてないやろがい。ふざけやがって」
「それは…災難だったな。で?また不貞腐れちまったのか?」
「そう。で、そのまま帰った」
「なる程な」
今までの鬱憤が爆発する。
ただ仕事ができないだけならまだしも、そもそもやる気がないような人間になんて、優しくしてやれない。働く気がないなら帰ってしまえ、と思ってはいたが、断りは入れるのが筋だろう。最低限の筋も通せない人間なんて、とても許せそうにない。
「お前も苦労するな。この前も、1から製作し直しになったんだろ?その件は大丈夫だったのか?」
「一応間に合ったけど、謝罪の言葉は一切なかったね」
「なんだよそれ。その新人って学生じゃないんだろ?」
「もうとっくに社会人だよ。だから余計に腹が立つの」
「とはいえ、出来ないとわかってる相手に厳しくしすぎちゃったのかな、とも思ってるんだよね」
「…程度がわからんから何とも言えないが、優しくして甘やかしても、そいつの為にはならないだろ」
「うん…」
「お前が気に病むことはないと思うぜ。先輩も言ってたろ?気にするな」
「んー…」
「…俺は、お前のそういう…責任感が強くて真面目なとこ、好きだぜ」
「…え?」
「…2回は言わないぞ」
「…うん…私も、さ…」
「ん?」
「優しくて、頼もしいところ、その…好きだよ」
先程までとは打って変わって、静寂が辺りを包む。
それでも、不思議と息苦しさはなくて、
そこにあったのは、気恥ずかしさと、ふわふわとした温もりだった。
【桜】
〈お久し振りです!今回、お手伝いに来て頂けると伺いました。
またよろしくお願いいたします!〉
〈久し振りだな。こちらこそ、よろしく頼む。
皆んな元気か?〉
〈相変わらずの馬鹿ばっかです!〉
〈そうか笑 また会えるのが楽しみだ。〉
〈そちらに行く頃には、桜も咲いているだろうから
また皆んなで花見にでも行こう。〉
〈行きましょう!是非!〉
〈いつでも行けるように準備しておきますね!〉
先輩方とお花見だなんて、いつ振りだろう。
今から楽しみで仕方がない。気が早いと呆れられるだろうか?
まぁこの際、そんなことはどうだっていい。
まずは何を用意しようか?
レジャーシートはまだあったかな?
いやでも、あの公園はベンチ付きのテーブルがあるから…
そもそも場所の候補は他にないのか?
あぁ、考えがまとまらない…。
〈【速報】先輩からお花見のお誘いあり!〉
〈場所どうする?何持ってく??〉
〈気が早すぎるわバカタレ〉
〈桜が咲き始めるのはまだ先だぞ〉
〈でも、先輩たちと会えるの楽しみだね!〉
案の定。こんな返しが来るだろうとは思っていたさ。
想定の範囲内だ。
この“いつも通り”がこの上なく嬉しい。
これけら先も、ずっとこのままでいられますように…。
【君と】
太陽のように明るい君と歩いた道
負けず嫌いな君と励んだ朝練
完璧な君と取り組んだ課題の山
穏やかな君と過ごした休み時間
優しい君と語り合った放課後
馬鹿真面目な君との帰り道
思い出に満ちた君との時間
これが私の宝物