【夫婦】
『あぁ、"良い夫婦の日"か。』
「ん?…あぁ、そうだな。どうした、急に。」
『ラインきてた。』
「…アイツか?」
『多分当たり。』
「ったく、余計なお世話だっつの。」
『…。はい、送った!』
「ん?何をだ?」
『今の。』
「はぁ?」
『"余計なお世話だ"って言ってたよって。』
「バカタレ!余計なことをするんじゃねぇ!」
『はははっ。』
「笑うな!」
『まあまあ、そう怒んなって。』
「お前なぁ…。」
『私の方にラインしてきたのってさ、
こういう展開が起こるのを望んでたんだろうね。』
「だろうな。良いように遊ばれやがって。」
『それはお互い様でしょ。』
【どうすればいいの?】
私が担当するパートは最初から決まっている。
他にやる人がいないし、1人で足りるから。
なのに、なんで。
自分が担当しない楽器のパート割りを
なんで私が考えなきゃいけないのだろう。
私の担当楽器は、配置も大体決まっている。
なのに、触りもしない楽器のセッティングを
なんで、ここまで必死になって考えなきゃいけないのだろう。
同じ打楽器パートなのだから、責任があるのはわかっている。
わかってはいるけど、なんで
何から何まで、私が考えなきゃいけないの?
移動や持ち替えにおいて
演奏に支障がないかの確認をする必要があるから、
ホール練習までに楽器の配置を考えなきゃいけない。
別に、考えるのが嫌いな訳ではない。
むしろ好きだ。
だけど、1人で責任を負わざるを得ない
この状況には不満がある。
パートリーダーでもないのに。
なんで私に報告を求めるの?
なんで勝手に配置を変えるの?
本番まで時間が限られているのに。
外部から助っ人に来てもらう以上、
譜割りは迅速にしなきゃいけないのに。
私は、譜割りがどうなろうと影響しないのに。
関係あるのは、あなたの方なのに。
なんで、話を脱線させるの。
なんで、ヘラヘラしていられるの。
なんで、そんなに無責任でいられるの。
なんて言えば、脱線せずに譜割りを終わらせてくれるの?
どうしたら、他パートも考慮した配置を考えてくれるの?
私は、どうすればいいの?
―――
『…まあ、色んな手間がかかるのも含めて
好きだから良いんだけどさ。』
「お前が良いなら良いんだが…。
あまり、気負うなよ。俺も協力するから。」
『うん。十分手伝って貰ってるから大丈夫。ありがと。』
「…。」
―大丈夫な奴がそんな顔するかよ。
「本当にお前は…そういうとこだぞ。」
『なにが?』
「今はもう1人じゃないんだ。
だから…
もっと、俺を頼れ。」
【宝物】
私には、たくさんの宝物がある。
中学校でできた宝物。
修学旅行中、色違いで買った花のストラップ。
県大会出場を意気込んで送り合ったメッセージ。
高校でできた宝物。
他所では出来ないような、貴重な経験の数々。
後輩から貰った、全国出場を祈願した、お手製のお守り。
先輩から貰った、頼もしくて優しい、温かい言葉。
同じ学年、同じ部活、同じパートになった
アイツとの思い出。
大学でできた宝物。
専門性の高い大学だから得られた知識。
同学科の皆んなとの、イベント運営の成功体験。
仲間と目論んだ、文化祭での演奏の練習。
…台風直撃で文化祭が中止になったけど、
皆んなで集まって練習できたのは、良い思い出だ。
社会人になってからできた、宝物。
数年ぶりに偶然再会した、
同じ学年で、同じ部活で、同じパートだった
アイツとの約束。
――じゃ、明後日の合同練習で。またな。
【キャンドル】
――♪ドレミファソ ファレ ファミ
――♪ドレミファソ ファレ ミド
―――♪――♪――♪―――
『…ふぅ。』
「お疲れ様。相変わらず上手いね。」
『へへ、ありがと。』
薄暗い防音室。
室内を照らすのは、数本のキャンドル。
『やっぱり、ロウソクがあると雰囲気出て良いね。』
「うん、燭台とか色々持ち寄った甲斐があったよ。」
『今日はありがとう、付き合ってくれて。』
「こちらこそ。いい経験ができたし、楽しかったよ。」
『そう言って貰えると嬉しいよ。』
「でも、僕で良かったのk『良かった!他に適役はいない!』
…あはは、そっか。」
『ねぇ、また誘ってもいい?』
「もちろん!君からのお誘いなら大歓迎だよ。」
『やったー!』
「ロウソクもまだ残っているしね。
また、先輩に部屋を貸してもらおう!」
『うん!』
――燭台、カッコいいの探してみようかな…。
――えぇ〜?演奏会でやるわけじゃないんだろう?
どこに置いとく気だい?
――それが問題なんだよね〜。奴に預かってもらおうかな…。
――止めはしないけど、程々にしときなよ…?
【たくさんの想い出】
「3年間、あっという間だったな…」
『そうだね。色々あったから、尚更。』
「あぁ。体育祭に修学旅行…。」
『定演にコンクール、合同演奏会。』
「部活のことばかりじゃねぇか。」
『あ、文化祭は?』
「あー。大会と被って、今年しか参加できなかったからな。」
『うん。しかも1日だけ。
準備期間も、部活のことで頭いっぱいだったな。』
私たちの高校では、文化祭は8月末に行われる。
そして8月末には、全日本吹奏楽コンクールの地方大会もあった。
昨年までは、コンクールに向けた遠征中に
文化祭が開かれていたが、今年は1日だけ参加することができた。
『やっぱりさ、文化祭には吹奏楽部がいなきゃだよね。
文化部の花形なんだしさ。』
「花形ってお前、先輩みたいなこと言うな。」
『でも、そうじゃない?うちの学校は特に。』
「まあ、そうかもな。結果も残していることだし。」
先輩方が築いた、県内上位の成績。
『…今年も、全国行けなかったね。
「…あぁ。仕方ねぇよ。」
吹奏楽を続けるなら、強いところでしっかり学ぶと良い。
そう両親に言われ、必死に勉強して入学した強豪校。
少しの不安もあったけど、それ以上に、期待でいっぱいだった。
先輩方は優しくて、中学からパートが変わった
初心者同然の私にも、構え方から音の鳴らし方まで
たくさんのことを教えてくださった。
後輩たちも良い子ばかりで、楽器が上手くない私にも
懐いてくれていた、と思う。
『あと1年だけでいいから、ズレて生まれたかったな…。』
「早いのと遅いの、どっちがいい?」
『んー、どっちでもいい。けど、強いて言うなら早く。』
「だと思った。」
『はぁ?』
「先輩に懐いてたから。」
『……。』
「同級はどうだよ。」
『8割か9割好きくない。』
「俺もだ。」
『ほんと、後輩に申し訳ないし、先輩にも顔向けできないよ。』
「ああ。最上級生として、示しがつかない。」
『先輩たちは、自分の時間も部活に使ってくださってたのに。』
「後輩たちも、本気で全国目指して頑張ってたのにな。」
『…うん…。』
「…俺、お前とは、同じ学年で良かった。」
『なんで?』
「腑に落ちないこともあったが、良い想い出もできた。」
『…私、関係ある?』
「大有りだバカタレ。」
『…私も、同じパートにいてくれて良かったと思うよ。
最後の1年なんか、1人じゃ耐えられなかった。』
「…そうか。」
『うん。』
『…だから…その、…ありがとう。色々と…。』
「…おう…。」
「…なぁ、進学先、お前は県内の大学なんだろ?」
『うん。定演とかのお手伝い、来れるの?』
「もちろんだ。」
『そっか…。』
「あぁ…。」
「…だから、卒業後も…また、会おうぜ。」