『バニラの蒸気』
私は溶けたアスファルトの上に立っていた。
10分前の閃光が、この都市の8割を溶かしていた。空が黒い灰に覆われて、太陽の輪郭だけが赤く滲んでいる。
私の耐熱コートの表面には、白い灰が雪のように降り積もっていた。
瓦礫の山を越え、かつて公園だった場所に出る。
炭化した樹木の下で、ひとりの少年が座っていた。
彼の右腕は肩から先が欠損して黒く焼け焦げていた。断面から紐が垂れ下がっている。神経と筋繊維だ。出血はない。超高温で焼灼されたからだ。
少年の足元には、砕けたコーンと、バニラアイスクリームが落ちていた。
白いバニラアイスが、周囲の熱気で泡を立てて溶け出している。
甘い匂いと、焦げた肉の匂いが混ざり合って、私の鼻腔を突いた。
私は少年の隣に腰を下ろす。
「水………ある?」
少年が言った。声はひどくかすれていた。私はポーチからチタン製の水筒を取り出し、彼に差し出した。少年は受け取ろうとして、存在しない右腕を動かそうとした。黒く炭化した右肩がわずかに痙攣するだけで、何も起きなかった。
彼は、自分の肩の黒い断面と、足元で泡を立てて溶けるバニラアイスクリームを交互に見つめた。
少年は言った。
「……指先が、冷たいんだ」
私は水筒を彼の口元へ運び、乾いた唇に押し当てた。
彼は数滴の水を飲み込み、むせた。 それでも、ふたたび口をつけた。
「いいよ、全部飲んでも」
コンクリートのベンチは、防護服越しでも火傷しそうなほど熱を帯びていた。
手首の線量計が、けたたましい警告音を鳴らし続けていた。
私は言った。
「もうすぐ、次の光が来る」
少年は空を見上げた。
「今度は、全部溶けるかな」
「ああ、骨も残らない」
足元のバニラアイスは、白い液状になっていた。
その時、二度目の閃光が分厚い灰の雲を突き破った。まだ、空は青かった。
そう思った次の瞬間には、青空が純白に変わった。絶対的な白光だ。手首の警告音がノイズに変わり、沈黙した。
私は目を閉じない。少年の顔が、光に包まれて透き通るのを見た。アスファルトの上の白い染みが一瞬で沸騰し、甘い蒸気となって昇っていく。私はそれを深く吸い込んだ。
※海外の某ライティング講座でなんか評価されてたからアップした。
未来への船
僕の切符はないから、君がひとりで乗ればいい。
船が進むように君は進んでいけばいい。
水平線に消えるように、僕は消えていけばいい。
夢を描ける人は稀だが、描けば永遠に呪われ続ける。だから彼女は夢から降りた。どちらが幸せなのか、僕には分からない。
『届かない』
肩を並べて歩いても、影が交わることはない。