もうここまできたら除霊してもらうしかない
何かの間違いと何かの間違いが掛け合わさって
みんな誤解しているけど
僕は悪くない
全て悪霊の仕業なんだから
幼い頃から努力に努力を重ねてきた
手繰り寄せたその六本の綱はスターへの道
散らばった塵とガスを集める
時間をかけて徐々に形となりはじめる
巨大なガスは次第に重力を帯び
いつかしかそれは大地となり
地核が燃えはじめる
綱は一本外れたが
中心への圧力は増し
原子の融合を巻き起こし
自ら輝きはじめた
その輝きに世界は酔いしれる
スターダム
綱は外れたが輝きは損なわなかった
それなのになんで
時代が変われば
星を砕く
幾千の時を重ねたとて
容赦なき一撃
散り散りになった
星のかけらを集めて
輝きを取り戻すのだ
もうこれは悪霊の仕業としか思えない
だって僕はスターなんだから
何一つ悪くないだろう
除霊してもらうしかない
星のかけら
私はラッパー
韻で印税、億稼ぐ
秒で人気ですぐ紅白
待っててなママ、わかってるワガママ
ドゥーン、チェケ、愛してる
と実家の玄関でラップでママに別れを告げたあの日
都会へ飛び出して早17年
今年も紅白は一人暮らしのアパートで見ている
でも来年こそは、2024年こそは
長くやった甲斐があって私のラップスキルは研ぎ澄まされた
この辺のアングラでは右に出るものはいない
韻こそが全て、とにかく韻に拘った
根本かつ根源かつ根底かつ困難、それが韻を辿る道
オーソドックスなだけに、やればやるほど奥深い
でもママ、韻だけじゃ、売れないのかな
炬燵で紅白を見ながら想う
アイドルみたいな顔したヤツらが小学生みたいな韻を踏んで売れている
ため息が溢れる
そういや、サンタは今年も現れなかったな
いつになったら来るんだよ、待ちに待ってて狂うんだよ、ベル鳴らしソリ浮かし現れし赤い使い、もう遅い、ありし日の母を想い、想い想い、でも互い違い、時すでに遅し、舌打ちしても、もう会えないし、ドゥーン、チェケ、愛してる、てか
あああ、なんでこんなことになったんだろ
売れたい、売れたい、
ママとの約束、マジでなんでサンタこねえかな
Ring…Ring…、Ring…Ring…つって
Ring…、Ring…、、
ん?
Ring…、Ring…、
あれ、
ちょっとまった、
ひょっとしてこれ、踏めるかもしれない、
BaRing…BonBon、BaRing…BonBon
BaRing…BonBonBAN
BaRing…BonBon、BaRing…BonBon
BaRing…BonBonBAN
To THE ふん、To THE 一番ふふーん
鼻歌で歌った瞬間、震えた
これは、
擬音と、韻の、新しい融合ではないか
この熱が冷めないうちに、
ああ、冷めてなるものか
長年連れ添ったDJに必死で電話をかける
バリンボンボンだよ!松中!紅白いけるぞ!
サンタからのプレゼントを受け取り
私たちの2024年が動きはじめた
今年こそママとの約束を果たすのだ
Ring…Ring…
この長さなら残り3ターンで抜ける、が
この時間でこの位置ならギリ
これではギリ、間に合わない
目が覚めた瞬間、絶望と対面した
その瞬間から最適の手順を逡巡する
諦めのつく時間ならまだしも、ギリいける時間となれば計算も捗る
計算の結果、1秒も無駄に出来ないことが判明した
幸い、歯ブラシは昨日したので省く
ヒゲ剃りは諦めた、マスクで隠す
普段は必ず白の肌着だけど、探す手間を省こう
昨晩、寝巻きにしてたアイアンメイデンの黒のTシャツをそのまま活用、黒めのYシャツを選びボタンも閉めずに羽織る
ネクタイは車内でつけることとする
靴下は手前から手に触れたヤツを履く、長さが違うが、大丈夫、どうせ見えない
ジャケットとバッグと鍵と財布を手に抱え車に飛び乗った
エンジンを吹かす
ところが、ガラスが凍っていて前が見えない
エアコン、、と考えたが
エアコンでフーフーしてたのでは間に合わない
ダッシュで家に戻り風呂場へ駆け込む
靴下がびちゃびちゃになるが、どうでもいい
昨日の風呂水を桶にすくってまた玄関へダッシュ
フロントガラスにぶっかける
そこそこ溶けた
が、どうだ?イケるか?
微妙だ、でも、行くしかない
再びエンジンを始動
エアコンを全開にし、ウォッシャー液をまき散らしながらワイパーを全力で動かす
よっしゃいける、多分いける
半分凍っているが、見えてるから多分いける、そのうち溶ける
風呂桶を駐車場へ投げ捨てた
この時間、会社までの最適のルートを想い描き、選択する
最終の交差点が混み合う危険はあるがそこまではすんなりイケるはず、という理由でルートは選んだ
最後の交差点が賭けである
混んでない日が多いから、三日に二日は混んでない
絶対に間に合わせる、今日ばかりはさすがに遅刻できない
66%なら、そのルートに賭けた
最終地点へ近づく、ここまでは順調だった
この第3コーナーを曲がると最終の交差点が見えてくるはず、が
第3コーナー直後からの渋滞、普段より明らかに車が多い
事故、恐らくこの先でアクシデント
この長さなら残り3ターンで抜ける、が
この時間でこの位置ならギリ
これではギリ、間に合わない
そして普段よりかなり進みが遅い、事故のせいかもしれない
僕が寝坊したのが悪い、それはわかってる
言い訳するつもりはないんだけど、
例えば事故、渋滞、滞留、遅延、とか、
これらの理由を並べたとして
今日の遅刻は許されるだろうか
答えはNOだ、恐らく僕のサラリーマン人生は今日で終わる
終わった
諦めかけた、その時
風が吹いた
けたたましいサイレン
徐々にこちらに近づいてくる
緊急と緊迫が暴力的に混じり合い
耳を塞ぐほどの轟音でそれは現れた
サイドミラーに映る、消防と救急
前を向くと塊となった渋滞の列が裂けていく
これしかない
これに乗るしかない
まだびちゃびちゃの靴下がアクセルを踏む時を待つ
横を駆け抜ける消防車
今だ、アクセルを踏み込みハンドルを切る
消防車の後を追う救急車との間、その隙間に入り込む
轟音と共に風に乗った
渋滞を裂いて、ついにグングン加速していく
まるで光の速さ
これなら間に合うだろう
あ、
ネクタイ忘れてきた
追い風
君と一緒に過ごしたこの数時間
もっと君と一緒に
もっと君のぬくもりを感じていたかった
きっと思い出とは美しいものだから
君との思い出を抱きしめて
僕は少しずつ歩き出す
君と一緒に
寒い
とにかく寒い
とにかく寒いのは知っている
ここから出たら即、凍える空気に晒され
血管は収縮し、夢見心地はたちまち枯れて
現実と向き合わなければならなくなる
だから、僕は出ない
下は8㎝、上は10㎝
8㎝×10㎝×120㎝×210㎝と枕
この隙間だけが
僕の最後の砦
絶対に出ない
今日こそはここから出ない
もう決めた
絶対に何があってもここから出ない
嫌だ嫌だ
絶対に、今日こそはここから出ない
と、決めていたのに
やっぱり出ないといけないらしい
意を決して布団をめくる
本能が押さえつけるのを
なんとか剥がして上半身を立ち上げる
靄がかった頭で
カーテンから漏れる陽を睨みつけ
憎さ満点で勢いよく、開ける
一晩中、これでもかと冷却された大地は空気を締め
切り取られた僕の窓は
静かに薄く重なる光の筋と
突き抜ける青空を
まざまざと見せつけてくれた
冬晴れ