この長さなら残り3ターンで抜ける、が
この時間でこの位置ならギリ
これではギリ、間に合わない
目が覚めた瞬間、絶望と対面した
その瞬間から最適の手順を逡巡する
諦めのつく時間ならまだしも、ギリいける時間となれば計算も捗る
計算の結果、1秒も無駄に出来ないことが判明した
幸い、歯ブラシは昨日したので省く
ヒゲ剃りは諦めた、マスクで隠す
普段は必ず白の肌着だけど、探す手間を省こう
昨晩、寝巻きにしてたアイアンメイデンの黒のTシャツをそのまま活用、黒めのYシャツを選びボタンも閉めずに羽織る
ネクタイは車内でつけることとする
靴下は手前から手に触れたヤツを履く、長さが違うが、大丈夫、どうせ見えない
ジャケットとバッグと鍵と財布を手に抱え車に飛び乗った
エンジンを吹かす
ところが、ガラスが凍っていて前が見えない
エアコン、、と考えたが
エアコンでフーフーしてたのでは間に合わない
ダッシュで家に戻り風呂場へ駆け込む
靴下がびちゃびちゃになるが、どうでもいい
昨日の風呂水を桶にすくってまた玄関へダッシュ
フロントガラスにぶっかける
そこそこ溶けた
が、どうだ?イケるか?
微妙だ、でも、行くしかない
再びエンジンを始動
エアコンを全開にし、ウォッシャー液をまき散らしながらワイパーを全力で動かす
よっしゃいける、多分いける
半分凍っているが、見えてるから多分いける、そのうち溶ける
風呂桶を駐車場へ投げ捨てた
この時間、会社までの最適のルートを想い描き、選択する
最終の交差点が混み合う危険はあるがそこまではすんなりイケるはず、という理由でルートは選んだ
最後の交差点が賭けである
混んでない日が多いから、三日に二日は混んでない
絶対に間に合わせる、今日ばかりはさすがに遅刻できない
66%なら、そのルートに賭けた
最終地点へ近づく、ここまでは順調だった
この第3コーナーを曲がると最終の交差点が見えてくるはず、が
第3コーナー直後からの渋滞、普段より明らかに車が多い
事故、恐らくこの先でアクシデント
この長さなら残り3ターンで抜ける、が
この時間でこの位置ならギリ
これではギリ、間に合わない
そして普段よりかなり進みが遅い、事故のせいかもしれない
僕が寝坊したのが悪い、それはわかってる
言い訳するつもりはないんだけど、
例えば事故、渋滞、滞留、遅延、とか、
これらの理由を並べたとして
今日の遅刻は許されるだろうか
答えはNOだ、恐らく僕のサラリーマン人生は今日で終わる
終わった
諦めかけた、その時
風が吹いた
けたたましいサイレン
徐々にこちらに近づいてくる
緊急と緊迫が暴力的に混じり合い
耳を塞ぐほどの轟音でそれは現れた
サイドミラーに映る、消防と救急
前を向くと塊となった渋滞の列が裂けていく
これしかない
これに乗るしかない
まだびちゃびちゃの靴下がアクセルを踏む時を待つ
横を駆け抜ける消防車
今だ、アクセルを踏み込みハンドルを切る
消防車の後を追う救急車との間、その隙間に入り込む
轟音と共に風に乗った
渋滞を裂いて、ついにグングン加速していく
まるで光の速さ
これなら間に合うだろう
あ、
ネクタイ忘れてきた
追い風
君と一緒に過ごしたこの数時間
もっと君と一緒に
もっと君のぬくもりを感じていたかった
きっと思い出とは美しいものだから
君との思い出を抱きしめて
僕は少しずつ歩き出す
君と一緒に
寒い
とにかく寒い
とにかく寒いのは知っている
ここから出たら即、凍える空気に晒され
血管は収縮し、夢見心地はたちまち枯れて
現実と向き合わなければならなくなる
だから、僕は出ない
下は8㎝、上は10㎝
8㎝×10㎝×120㎝×210㎝と枕
この隙間だけが
僕の最後の砦
絶対に出ない
今日こそはここから出ない
もう決めた
絶対に何があってもここから出ない
嫌だ嫌だ
絶対に、今日こそはここから出ない
と、決めていたのに
やっぱり出ないといけないらしい
意を決して布団をめくる
本能が押さえつけるのを
なんとか剥がして上半身を立ち上げる
靄がかった頭で
カーテンから漏れる陽を睨みつけ
憎さ満点で勢いよく、開ける
一晩中、これでもかと冷却された大地は空気を締め
切り取られた僕の窓は
静かに薄く重なる光の筋と
突き抜ける青空を
まざまざと見せつけてくれた
冬晴れ
幸せとは金である
金が全て
なぜなら金があれば全てを手に入れる事ができるのだ
では全てとは何か
全てとは世界
では世界の全て手に入れたら幸せになれるのか
と言われるとそうでもない気がしてきた
そうか、欲しいものだけを全て金で手に入れればよいのだ
ではまず金をどうやって手にいれよう
欲しいものを全て手に入れるなら、かなり必要になる
金は仕事をしたら得られるから
てことは、めちゃくちゃ働かなくてはならないじゃないか
朝も夜も寝る間も惜しんで金を稼げば欲しい物を全て手に入れられるわけだ
でも、そんなにめちゃくちゃ働くのは嫌だな
なんか体を壊しそうだし
なるほどつまり、金を稼ぐにも使うにも体が大事なのか
じゃあ、体を壊さない程度に金を稼ぐしかないか
なら欲しいものは少し削るしかないな
でもどうやって削ろう
優先順位、まず物の価値を知らなきゃならない
どうしよう、世界を知らないと物の価値がわからないじゃないか
一気には無理だから少しずつ世界を知るしかないか
それなら働いて金を稼ぎつつ休みをとりながら世界を知り、欲しい物を少しずつ手に入れよう
なるほど、これが幸せか
あれ?でも待てよ
じゃあ働けず世界を知らず欲しい物を手に入れられない人は幸せじゃないのか?
バカボンのパパは
働いてないし世間知らずであまり欲しい物がないように見える
でも、なんか幸せそうだよな
んー、どこかで間違った
どこで間違った
またはじめから
またはじめから
幸せとは
こっち側のおよそ半分は暗闇で
漆黒をいいことに
溜まっていた熱量を宇宙へ押し出そうとする
黙っていたはずの月と星達が
我が物顔で空を占領する
冷えた地の種は萎え
凍りつく海で魚は眠り
私は山に登る
あっち側の半分は光で照らされているはず
頂きの上に立ち
その境目を感じよう
山稜に切り取られ
影をなくした光線は
レーザービームで地表を焦がし
海を沸騰させ
雲を白く
空を真っ赤に
境目に立っていた私は
またこれが闇に沈むことなど
すっかり忘れ
熱く燃えさかるそのエネルギィに
心を奪われてしまう
酸素が充分に行き渡ったんだろう
空は青く燃えはじめた
今日もまた夜が明けた
日の出