貴方の目が覚める前に
今日も飛び出す
光速の街を裸足で駆け抜け
月の沈む海を渡る
私は今日も
震える大地を片手でいなし
分厚い雨雲を歌で蹴散らす
火の出る山をどうにか収め
凍てつく氷を粉砕する
枯れた野山で花を咲かせた
実を実らせた
それでは気温を5度くらい下げてみせよう
悲しい街では
独裁者に公開説教だ
もう大丈夫ですよ、と
知らないヤツらと楽器を奏でるんだ
宇宙ステーションにポカリを差し入れし
月をまたいで地球を眺める
上司の愚痴なら聞いてやり
不安なことは一緒に考える
満員電車をスカスカにして
路線バスは遅刻させない
雨が今日も降り出した
私は歌を歌ってまた眠る
貴方の目が覚める前に
『目が覚める前に』
「田中さ~ん」
しまったああああああっ!
気づいた時にはもうすでに問診である
大部屋の部屋で隠れてナースもののAVを鑑賞するという私の新たな挑戦は
モノホンのナースさんの一声で一気に現実を叩きつけられた
当初はスマホでこっそり眺める程度であったが、入院の日々を重ねるうちに次第に大胆になっていた
完全に油断していたのである
備え付けのテレビに繋いだ片耳のケーブルからは両手を骨折した情けない男が
体が痒くて仕方ないんです、お風呂いいですか?と、どこか上から目線でのたうちまわっている
反対の耳からは
「田中さ~ん、問診ですよ~」
と担当のナースさんが近づいてくる
両手骨折とかまあまあ珍しいですね、と笑ってくれたあのナースさんが
正直、期待していた気持ちもある
私は中学二年生の頃、友達から聞いた伝説を信じていた
両手骨折とかで入院したらナースが体洗ってくれる、らしいよ、て
まさか40も過ぎて自分がそのシチュエーションになるとは思わなかったけど
両手を骨折した時に真っ先に思い浮かんだのがこの伝説だった
私は現実を知ることになる
いかにもヤブ医者っぽいアル中めいたイカつい医者から、幸い手首固定で大丈夫なので身の回りのことは出来るでしょう
まあとにかく不便でしょうけどお風呂くらいなら自分で入れますよ、良かったですねニコ
つって
聞いてた話と全然違うやん、と思いながら頑張って一人でお風呂をこなす日々
普段、職業ものは見ない私がナースものに手を出したのはきっと、その鬱憤だと思います
とにかく時間が迫っている
両手骨折したヤツが両手骨折したシチュエーションのAV見てるとか知られた日には治ってもないのに退院である
焦るほど手が覚束ない
リモコンが手から滑り落ちる
慌てて拾おうと体を急に起こすとイヤホンがテレビから抜けた
テレビでは今まさにおっぱじめる場面
大部屋に大音量で
画面の中の男がのたうちまわる
『病室』
明日もし晴れたら
今日が曇りだったこと忘れよう
昨日が土砂降りの雨なら
一昨日の青空を思い出して
『明日もし晴れたら』