旧年が明けて新年になった。
暦なんて恣意的に決められた区切りでしかないけれど、心を一新して仕切り直すにはちょうどいい。
新年の抱負なんて年末には忘れているだろう。でも一年置きに決意を新たにすれば堕落し続けないですむ。昨年ゆるんだ心を締め直そう。
さぁ新年の抱負は何にしようか。
この一年は、言葉の新しい側面に出会った年だった。思考を分節する道具として言葉を認識するようになった。
言葉があるからこそ思考することができる。適切な言葉を選ぶことで、より自分の思考を明確に捉えられると知った。とてもわかりにくい授業の内容を必死に理解しようと試行錯誤したことが功を奏したようだ。
これからは語彙を増やし、より明晰な思考を追い求めるつもりだ。
「みかん」と聞くと和やかな気分になる。やや光沢のある橙色や、少し横に膨らんだ丸っこさが可愛らしい。
でも、みかんをみかんたらしめている特徴はそれだけではない気がする。みかんはその頭に緑の小さな冠を携えている。ヘタはみかんの愛らしさに多大な貢献をしていると思う。
みかんのヘタをとると小さな点が環状に並んでいる。この点の数は皮の内側にある実の数と同じだそうだ。ヘタは親木から実へ栄養を送るものであることを考えると、この点は親木と実を繋ぐものだと容易に納得できる。緑の冠はみかんの「へその緒」なのだ。
親木との繋がりを大事そうに頭の上に載せている健気な姿こそ、みかんの可愛らしさの本質なのかもしれない。
冬休みは白い。
これまでの思い出の中で、白い景色の冬休みなど数えるほどしかなかったのに。
冬は雪が降るもの。そう刷り込まれている。だから冬という字を含む冬休みは雪を連想させる。
そもそも、冬休みだからといって雪が降らないといけないわけではない。冬休みと雪をセットで考えるのはわたしの先入観にすぎない。そろそろ脱却しなくては。
今年の冬は雪だるまにスイカでも持たせてみよう。冬の風物詩の中に夏の風物詩を入れてみるのだ。白い冬休みも少しは色づいてくれるだろう。まぁ雪が降ればの話だが。