「雨が降っているから車で送るよ」と言われたけど、「傘を持ってるからいい」と断った。
喧嘩した相手に家まで送ってもらうなんて嫌だったし、泣きそうなのを我慢していて、車に乗ったら泣いてしまうと思ったからだ。
泣きそうなのを気付かれていたと思うけど、泣いている顔は見られたくなかった。
たこ糸を探して、店の中の手芸用品が置いている場所をぐるぐると回ったが、見付からない。
手織り機で何かを作ってみたいと思って、説明書に使うと書いてあったのを見て、たこ糸を探していたのだが、見付からなくて諦めて、持っていた他の毛糸を使った。
一週間くらい経って、調理用品が売っている場所を見ていたら、たこ糸があって、そういえば、たこ糸って料理を作る時にも使うんだったなと思い出した。
手の込んだ料理は作らないので、そのことをすっかり忘れていた。
大きい声を出さないと届かないというのは分かっているのに、小さい声しか出せない。
ずっと昔に、お喋りをしてはいけない時に友達と話をしてしまって、声が大きくて全部聞こえてたと注意されてから、声を抑えるように気をつけていた。
そうしていたら、いつの間にか大きい声が出せなくなってしまった。
大きい声で話さないといけないと分かっているのに、声を出すといつも小さな声になってしまう。
私の記憶の地図は所々欠けていると思う。
母の実家に小さい頃から何度も行ったというのに、そこへ行く道のことを途中までしか覚えていない。
木の絵が描かれた建物を曲がったら、もう少しで着く、嫌だなという気持ちだけは強く残っている。
母の姉夫婦が住んでいるのだが、優しい人達なのに、そこに行くのが嫌だなという気持ちがなぜか強かった。
自分の家じゃないから嫌だったのか、他の理由で嫌だったのか、今はもう覚えていない。
花柄の可愛いティーカップと耐熱ガラスのティーカップが視線の先で割れている。
洗剤をつけたスポンジでマグカップを洗っていたら、手が滑って、シンクに置いていたティーカップの上に落ちてしまって割れたのだ。
花柄の可愛いティーカップはまだ三回くらいしか使っていなかったし、耐熱ガラスのティーカップは探すのに苦労したものだった。
その中で一番値段が安いマグカップだけが何事もなかったように無傷だった。