すごく好みな良い香りがすると喜んでいたら、「えっ、それ前に好きだって言ってたやつだよ」と言われたけど、分からなくてネットで調べてみた。
金桂花茶とは、キンモクセイ茶のことだった。
最初から言ってほしかった。
好きだから、好みな香りなの当たり前じゃないか。
気付けなかったのが悔しい。
母と姉とたまには温泉のあるホテルに泊まろうということになって、部屋に入った途端、寂しい気持ちでいっぱいになった。
部屋を出たら、寂しい気持ちはなくなっていて、温泉を満喫したけど、部屋に戻ったら、また寂しくて仕方がなくなった。
敷かれた布団がちょっと離れていたからかもしれないと思って、近付けたけど、寂しい気持ちがなくならない。
寂しくて仕方がなくて、寝れなかったので、母に手を繋いでもらったら、少しだけ気持ちが落ち着いた。
姉や母と買い物に出掛けるとよく見失う。
一緒にお店に入ったはずなのに、姿が見当たらないと思って、うろうろして、あきらめて違う所に行ったら、見つかって、「どこ行ってたの?すごく探したよ」と言うと、「ずっと同じ店にいたよ。そっちがうろちょろしてたんでしょ」と見失う度に言われた。
一度離れると見付けられないことが多いので、姉と母に迷子になりがちだと思われている。
小学生の頃の話で、掃除をしていて、同級生の男の子が雑巾で窓を拭いていて、あれ?と思って近付いた。
手を窓に伸ばす。
ガラスに触れようとした手が空振る。
「あはは、騙されたでしょ」と男の子が得意気に笑っていた。
この窓は飾りだって知ってたのに、あたかも窓ガラスがありますって感じに拭いていたから、確かめてしまったじゃないか。
「全然ついてなくて、悪いことばかりだったけど、あなたに出会えたことが今まで生きてきた中で一番の幸運です」
ふにゃっとした笑顔でそんなことを言ってくれる彼が愛おしくて、言葉を口にしようとした瞬間、目の前が真っ暗になった。
瞬きをすると、おどおどした様子の彼が立っていて、口を開く。
「あの、初めまして」
何十回も繰り返してきたのに、この言葉を聞く度に傷つく。
気が弱いのに庇ってくれたことも、好きなものの話になると話が止まらなくなることも全部覚えている。
繰り返していることを喋ってはいけない、だから。
「初めまして、よろしくね」
笑顔を作って、初めてを装い続ける。