裏返し
今日、俺は非常に不本意ながら妻にどうしても必要だからと買い物メモを渡されて遅くまでやっているスーパーへ来ている。
普段は、ちょっとパートをしてるだけで疲れたとかわがままばかり。
最近は、女と見られないし。どうしようもない女だがパートしかできないダメ人間なので見捨てないでやっている。
まぁ、俺も遅くまで残業しているし残業という名で少し会社の同期と呑んだり
浮気では無いけど女と遊んだりもしてるし、許している。黙って夕飯を作って家事をまともにやるならいいだろう。
「残業の後買い物とか、ふざけてるな。」帰ったら妻にキツく言ってやらなきゃいけない。
名刺くらいメモ用紙には、主に食品が書いてあるのだがそれも、レトルトのご飯やカレー、缶詰…冷凍のパスタなど、手抜き用ばかりだ。
「ふざけたやつだ」
イライラしながらカゴにメモのものを突っ込む。
さっさと会計を済ますと、イライラしながら車で自宅へ帰った。
「おい、買い物してきたぞ、寝てるのか?」
家に着くと電気もついてない。
乱暴にリビングへ、行って電気をつける。そこにはテーブルの上に、1枚の紙とペンがあった。
「なんだこれは」
「離婚届」
妻の名前は記入してあった。驚いて手にしていたくしゃくしゃのメモを落としてしまった。
メモを見て気がついた。
メモの裏返しには「買ったものはあなた用です」と書いてあった。
蜜香(こんな話ですみません、素敵じゃない話になってしまいました)
愛情かぁ。
1番先に浮かぶのは、一昨年まで飼っていたコーギーだろう。
遺影を見て、以前撮ったたくさんのかわいい写真を見て「あぁ、愛をくれたんだなぁ」と思った。
思い出すと、心臓のあたりあったかくなる。
本当に、物理的に。
もちろん、むこうはそんな事考えてなかっただろうけど…。
これから、私がそういう思いを忘れませんように。それと、誰かにそういう思いをいつの間にかお裾分けとかできてたら嬉しい。
おちていく。落ちていく。たとえば海に例えるなら深海に向けてゆっくりと静かに。
カフェ、というより喫茶店という感じのお店。
そこでゆっくりカフェオレを飲む。
メニューを見ると、カフェラテとかカフェモカとかは無く(カフェオレならある。)パスタは無くて、スパゲッティナポリタンとかでパンケーキでは無くてホットケーキ。
思わず、微笑む。ほっとする感じ。
以前なら入る事なんて無い。今のように1人でお店に入りゆっくり何か飲むなんて考えられなかった。
何ヶ月前かに、仕事も人付き合いもやめてしまった。別にいきなり絶縁宣言を送ったわけではない。
それでも、送られてくるメッセージに単に自分の思った事を、必要だと自分が思う時にだけ返すようにした。そうしたらひとりになってしまったというわけだ。
向こうも自分も、そんなにお互いが必要でもなかったんだなぁ。そう思ったらとても静かな気持ちになった。
一生懸命に、もがくように泳ぐように毎日を過ごしていたのかもしれない。
泳ぐのをやめてゆっくり深い海の底まで落ちていく感じがした。そこはとても静かで眠ってしまいそうなほど安らぐ場所だ。
今は、ここでゆっくりしていたい。元気になったら…それはその時に考えたらいい。
"たくさんの思い出…"
本のページをめくっていたら、そんな言葉が出てきた。思い出。
今日はそんな言葉が重く感じる。
きっと疲れているせいね。
本を閉じたら、早く休もう。今の私にたくさんの思い出はいらない、思い出じゃなくてたくさんのものは何もいらない。少しだけの好きなものがあれば。
そう考えてテーブルの上のお気に入りのカップにもう一杯温かい飲み物を淹れることにした。
おやすみ。
冬になったら。文香は思い出す。
イヤリングをつけはじめた事と1人でコーヒーを飲みながらメモに、思いついたままに美しいものや好きなものを書き留める事。
また、冬が来たら始めようと新しいメモやコーヒーのお店を考える。
ちゃんとメモしておかなきゃ。
そしてメモをちゃんと読み返そう。自分の周りに素敵なものがたくさんある事を思い出すから。