夜、電車を降りて家に帰っていると、パンパン、シュルシュルと音がしてくる。遠くの空が、曇ってほんのり明るく輝くのが見える。
あ、今日は街の花火大会だった。
引っ越してきて初めてだ。
歩きながら、高い建物のないところへくると、隙間から花火がちらっと見えた。
耳の奥を揺らすような大きな音が聞こえる割には、なかなか花火が見えない。だいぶ遠そうだ。
もうすぐ、フィナーレを迎えるらしく、パラパラ、ヒュー、パンパンと音が激しくなっている。
そうこうするうちに、家の近くにたどり着いた。
すると、花火の方向の視界がたまたま開けていて、かなり高く上がった花火だけが見えている。花火の丸の上半分や、小さな丸がポーンと次から次へと。おお、こんなところから。
ちょっとうれしい一日の終わりだった。
「special day」
大きな木の下に入って、上を見上げると枝や葉の隙間から光がちらちら、こぼれている。
光を浴びて、葉の緑が透けて明るく見えるのが良くて、写真に収めようとしてみる。
でも、うまくとらえることができない。
何度か試してみるけど、やっぱり目で見るほうがよくて、あきらめた。
時々、強い風が吹いて、葉が重なる音がする。
気がつけば、こぼれた光は、いろいろな形の丸い玉のようになって、私を照らしていた。
行ったり来たり、ゆらゆら、ゆらゆら。
光を楽しみながら、しばらく涼をとる。
「揺れる木陰」
最近よく誰かと間違えられる。
「前に来られてましたよね」なんて話しかけられる。行ったこともない初めての場所なのに。
どうやら私にそっくりな人物がいるらしい。
あんまりそんなことが続くと、私が私であって私でない気がしてくる。
このところ、暑さのせいで、何だかぼんやりしている。いつも乗る電車なのに、違うホームに立っていたり、反対方向に歩いていたり。
強い日差しの中、道路で揺れる、もやもやっとした陽炎を見ていると、ほかにもう一つの世界があるのかもしれないと思う。その世界でももう一人の私が暮らしているのかもしれない。
「真昼の夢」
どうしても思い出せない。
2人だけの色々なこと。
彼女だけ覚えていて、私だけ忘れている。
ほかの楽しい大切なことは、たくさん覚えているのに、それだけは、よく覚えていない。
キラキラした目で、あの時の…と、言われるたびに、あいまいな返事ばかりしている。
「二人だけの。」
透き通ったものは、なんて魅力的に見えるのだろう。
暑くなると、透明なグラスやカップに入った飲み物がひときわおいしそうに見える。
たとえば、アイスコーヒーのグラスの、氷が重なりあって浮かび、ほのかに薄茶色に見えているようす。赤みを帯びたオレンジ色が氷の光でところどころ薄く輝くようなアイスティー。グラスの表面には、水滴が浮かび、揺らすと聞こえるカラカランという氷の音も透き通った感じを引き立てる。
夏のデザートもそうだ。
ゼリーや、水羊羹、金魚の模様が浮かぶ和菓子。液体のように透き通ってはないけれと、すりガラスのようにちょっとだけ曇った感じがいい。器にもって、光を受けると控えめにきらめくそれを、そっとスプーンにとる。
暑い夏の楽しみの一つだ。
「夏」