手を繋ぐと暖かい、安心すると感じる人が多いと考える。
私もその1人である。
小学生の頃、家庭環境が最悪で帰りたくないと思うことが毎日だった。
学校に行けばいじめられる。
どこに行っても苦しい時があった。
だが唯一安心できたのは、本担任の先生が私の名前を呼び
「大丈夫」と言って手を握ってくれた時だった。
服がなく洗われていない体操服を着て登校し「臭い」とトイレに閉じ込められた時も
お弁当がなく周りから冷やかされた時も
髪が長く貞子みたいだと言われ、無理やり髪を切られた時も
辛いと感じた時はいつも先生が手を握って助けてくれた。
いじめがなくなるようにと、いつも1人で動いてくれて
虐待から逃れられるように警察や役所に出向いてくれて
何か変わることはなかったかもしれないが、
私が今こうやって生きていられるのはあの先生がいてくれたから。
先生が手を握って「大丈夫」と助けてくれたから。
ある年末年始
祖父母宅へ泊まっていた
年末の夜は親戚みんなで食べる年越しうどん
みんなで見る紅白歌合戦
祖父母はいつも「今はこういう歌が流行ってるんだなぁ」
と知らないジャンルの歌を聞いてノリノリで踊ったりする
それを見て笑って私も兄弟達もいとこたちも踊り出す
みんな踊り疲れて寝るのが年末
朝早くに起きてみんなで行く初詣
京都にある伏見稲荷大社に毎年行っていた
祖父が仕事仲間も呼び大人数で記念写真をとる
それを祖父の会社で現像して1年のカレンダーを作ってくれる
毎年増えるカレンダー、私の宝物である
それは決まって雪の降る季節「冬」
「誰に何をあげるかではなく、
あげたい人への気持ちが大事だ。
大切な人にこそ感謝を忘れては行けないよ。」
おじいちゃんの口癖だった
おじいちゃんはいつもおばあちゃんに怒られていた
そんなおじいちゃんを恥ずかしいと思っていた頃もあった
怒られる内容はいつも決まって「へそくり」
頭が悪いのかなんなのか、いつも隠す場所が2パターンしかない
おじいちゃんに聞いてみた
私「なんでいつも同じ場所に隠すの?」
祖父「年寄りになると会話が減るもんだ。ばあさんと話したいだけだよ。僕は素直じゃないからこうしないと話すきっかけを作れないんだよ。」
私「でも怒られると気分が下がらない?」
祖父「怒ってる顔も好きなんだ。」
言っている意味がわからなかった。
おばあちゃんの誕生日の日、おばあちゃんに聞かれた。
祖母「おじいちゃんのへそくりどこにあるか分かる?」
私「あっちの部屋とここでしょ?」
祖母「そうなの。いつも同じ場所だから、隠したって見つけちゃうんだけどね、おじいちゃんが上手に話しかけられないのは分かっているから、怒ったふりをしてお話をしているのよ。」
気づかれてんじゃん、じいちゃん!
祖母「今日ちょっと一緒に見に行かない?」
私「さすがに誕生日の日にへそくりは隠さないでしょ笑」
行ってみると驚いた。
おじいちゃんはいつもこんな箱にへそくりを入れているのか?
祖母「毎年なにかの記念の日はこうやって綺麗な箱にプレゼントを入れてくれているの。だからお返しに箱にお手紙を入れているんだよ。」
夜おじいちゃんは手紙を見て笑いながら泣いていた。