哀愁を誘う
しばちゃんが「くうぅん」と鳴けばどうしたと撫でてやるのに、私が泣いても見向きもしない。
哀愁を誘う表情の練習、鏡の前でして、虚しくなる。落ち込む私見て、しばちゃんが尻尾を振って歩いてくる。
暗がりの中で
あなたの靴のあと頼りに泥濘む道を歩いていく
朝が来たら消えてしまうから
どこまでも続く青い空
死んだ時にしか触れられない
雲の階段で天国にいけたらいい
衣替え
衣替えをする日は、姉のお下がりを貰える日だった。自分の服よりもオシャレなデザインの服を、欲しいなと思っていた服をもらえると、嬉しかったのを覚えている。
それは、年の離れた姉に、少しでも近づけたような気がしたからだ。
「衣替えなんて、最近はしなくなったよね」
二人目の子どもが卒乳してお酒が解禁となった姉が、カクテルの缶をあけながらそう言った。
「まあ、今時ウォークインクローゼットとかでまとめて片付けてる人多そう」
私もハイボールの缶をあけながら、一人暮らしをしてから衣替えなんて1回もしたことがないな、と呟く。
「一人暮らしなんて、する必要ないでしょ」
「するほど服がないし収納がない」
それなー、と笑う姉の顔は、お酒のせいか赤く色づいてりんごみたいになっていた。
今日は法事で実家に帰ってきていた。食事会も終わり親戚が帰路に着いていた。母が二人とも帰ってきたならついでに衣替えで要らなくなった服や、実家に置いたままだった服を処分したいと言って、必要なものはないか確認してくれと畳の上にかなりの量の服を置いていった。
「久しぶりの酒うまい?」
「うまい。弱いけどね」
「お姉ちゃんはお父さん似よね、お酒好きだけど弱いっていう」
「ほんとそれ。顔に出るの嫌なんだよね」
そう言いながら、姉は乱雑に置かれた服を手に取り始めた。
「あ、これ中学生ぐらいの時のじゃない?」
「うわ、なつかし。お姉ちゃんこれ着てたね」
「さすがに子どもたちも着られないだろうしなー。さよならだわ」
ぽいっと、これから要らない服の山が形成されていくであろう場所に、最初に置かれたのは昔の姉の服だった。
それを私は手に取り、これ欲しかったんだよね、と呟く。
「え、欲しい?持ってく?」
「そうじゃなくて、昔欲しかったってこと」
「あー着たかったのね。これ私もお気に入りだったからあげなかったな」
「そうそう。中高だと背もあんま変わらんかったし、服もらえなくなってったんだよね」
「いいじゃん、お古じゃなくて新しいの欲しかったでしょ」
「うーん、まあ、そうだけど。お姉ちゃんのが欲しいってのもあるじゃん?」
「そういうもんかね」
「そういうもんよ、妹ってのは」
ハイボールを飲み干しながら、あのときの自分はとにかく大人びたかったと思い出す。
姉がどんどん大人になって、話も合わなくなって、そんな寂しさを埋めるものが、姉からのお下がりだったようで。
そんなことを思いながら、今の私には着ることのできない服を丁寧に畳んで、そっと畳の上に置いた。
「ていうか、こっちがこんなに寒いとは思ってなかったんだけど。明日着る服寒いかも」
「私パーカー余分に持ってきたから、それ着る?」
「まじ?ありがと、借りるわ。子どもたちも寒いかもなー」
「ばあば連れて服買いにこ。買ってもらお」
「え、そうしよ」
始まりはいつも
やる気に満ちている。
グラスいっぱいに注がれたやる気は、一週間から一ヶ月、早くて2日で飲み干される。
その後は新たにやる気が注がれることはなく、グラスを洗うこともなく、ゴミ箱に捨ててなかったことになる。そしてしばらくして、新しいグラスを買い、やる気を注いで、また飲み干して、何も成し遂げられずに、ゴミ箱だけいっぱいになっている。