日差しは太陽
春恋は棘
突き刺さる
「春恋」
「未来図はまだある?」
肩の少し下あたりまで伸びている髪の毛を、ぷわぷわと指に絡ませながら少女が尋ねた。
良く磨かれた黒檀のカウンターの向こう側に立つ俺は困った。
「未来図はここにはありません。もう売り切れました、ずいぶん前に」
そう?と首を傾げながら少女は腕を組んだ。
さっきまで肩より下は見えなかったのに、今はカウンター越しの腕が見える。
少女はなぜか突然年を取ったらしい。
目が合った。
その妖艶な目には怒りのような耐え難い感情が滲み、俺は思わず唾液を飲みこんだ。
口の中も喉もくっつき呼吸すら苦しくなった。
それでもなんとか唾液を絞り出し何度も飲み込むことをやめられなかった。
「出しなさい。あなたがそこに隠しているのはわかっているのよ」
唾液はもう出ない。
俺の舌は狭くなった口内と喉に押しつぶされて、もう役に立たない。
「出しなさい。隠さなくてもいいのよ…」
ああ、もう、もうすぐに切れるというのに、俺は、俺は、まだ、まだ夢を見てもいいのか…。
俺は…。
俺の電池は交換された。
シュッ、カチャカチャカチッカチャッという音がし、蓋を糸でしっかりとくくりつけて少女は言った。
「ほら、もうしゃんとして。何で毎回こうなのかしら、電池が切れただけなのに。」
そうっとぎゅうっと俺を抱きしめて少女は笑う。
「ほら、もう大丈夫だよ」
俺は外を見た。
久しぶりに見た空は晴れだった。
そして少女の方を振り返った。
少女はいなかった。
黒檀のカウンターもない。
ここは俺の部屋。
冷蔵庫から水を取り出し飲んだ。
うまい。
「よし、やるか」
昨夜飲み散らかして片付けなかった家族の、いつものゴミと食器を集めて洗い、何度言っても捨てないゴミを拾い歩き捨てる。
私は今日もため息をつく。
ドス暗く重い憎しみと諦めがどんどん溜まっていく。
ああ、私は、まだ大丈夫かな、まだ間に合うかな、未来図はまだ捨てなくてもいいのかな…。
俺は、私は、俺は…。
少女がまたやって来る。
「大丈夫だよ」
ああ、ありがとう。
あなたは優しいね。
あなただけは温かい、触れて慰めて励ましてくれるのね。
女は立ち上がろうとした。
「未来図」の妄想
昔むかし
小さな私と約束をした未来は今になったけれど
ごめん約束は守れなかったよ
「遠い約束」
はじめましてばかりの世界なのに
はじめましてじゃないと思って生きているのが
はじめましてばかりだと気がついた時
急に軽くなる孤独になる自由になる
はじめましてに踏み込んだ途端
軽くなる自由になる透明になる
「はじめまして」
春風とともに私は飛んでいく
踏ん張り縮みこんだ体にはもう力は残っていなく
冬が終わったその時に春風に取り込まれ
小さな蕾をなでて去る小さな風になってしまった
また来年
また来年ね
どこかで消える春風なので
また来年
奇跡的に会えるといいね
「春風とともに」