重たいまぶた。ぬくい布団でもぞもぞしてから、アラームが鳴り始める前のスマホを付ける。
顔を洗う、歯を磨く。億劫でも習慣だ。
朝は食べたり食べなかったりで、適当な服を着て出かける。
それが学校だろうが仕事先であろうが面倒なことに変わりはない。
見飽きた風景、空も風も。
太陽はいまいましいくらい眩しくて、たまに降る雨も恵みじゃない。
通り過ぎる時間。太陽が東から天辺へ。
お昼は食べる? これも面倒。出来るなら足りてない睡眠時間として活用したい。
そしてまた、あくびを噛み殺しきれずに時間が流れる。一瞬に思えても、無限に思えても時間は流れる。主観なんだから等速じゃない。それでもとにかく大地は廻るらしい。
時間になったら帰る。
なにの時間かは、日によってまちまちだろう。
定刻だったり。区切りが良かったり。まあつまり色々。
めちゃくちゃな気温ばっかりだから、帰りの明るさだけが季節感かもしれない。
夕暮れはさびしいのか。
覚えてない。
まださびしいかもしれない。
わからない。
兎にも角にも。わからなくても。
また明日はどうしても来てしまう。
まったくもって、やっていられない。
それでも帰れば、何かやることがある気がするから、変わり映えのない、いつもの帰路に着くのだ。
わかりあえない。
私たちはきっと、そういう進化をしてきたんだ。
『でも』『それでも』
私はそう言葉にしてみる。
けれどわかってる。
私たちは、寄り添い合えない。
「でも。それでも」
誰かを信じることぐらいは出来るはずだから。
落ちる。おちる。
しずむ。
つめたい。
ながれる。ながれる。ながれる。
声がした。聞こえた。
たくさんが、とおくなって、かすかに。
でも返事はしない。
出来ないけど。
届いたとしても、やっぱり。返すことはない。
ぜんぶ渡せたはずだから。
それなりには悩めたと思う。人並みに。
何度反芻しても『もし。たら。れば』なんて一つも出てこない。
あぁなんて幸福だったのだろうか。逢えてよかった。
そうだ。今この瞬間に確信した。
託すことが私の正解だった。
あぁ、とおく、どんどんとおくなっていく。
きみの正解はなんだろうか?
星がみえた。
ずらりとならんで。
きれい。だった。
どうか、悔いのよう歩いてほしい。
これからのきみを祈って。
それから。私は私を手放した。
「月が綺麗ですね」
なんとも、月並み。
まさしく“月並み”だ。
「死んでもいいわ」
もちろんこれもそう。昔の、誰が語ったのかも定かじゃなくって。もう随分使いまわされ、振り回されて奥ゆかしいなんて言えたもんじゃない。
けれど。言葉は“意味を与えるもの”だから。
繰り返し同じ意味を持たされた言葉は、そういう祈りのような呪いのようなものが積み重なっていくんだろう。
それでもあえて!
直接的でも、誰かの真似でもない、今私が意味を持たせる言葉を使うと…
「 」
それはやっぱり照れてしまうわけで。
ばくぜんと、ただばくぜんと何かを書きたいと思った。
たとえば十年も前は書きたいことが溢れていた。(実際に書けたかは別の話ではあるが)
しかし今はどうだろう? 何も変わっていないようで明確に、興味が、意味が、意識が、情熱が、日常に溶けているのがわかってしまう。
だからこうして書いてみた。
あの時の約束した私が。今の私へと続いていくため。
安い安心で、不安を覆い尽くすために。