『どうして残ったの?』
秋晴れの空を移したような髪色を持つ“ベル”が問いかける
普段は自分から話しかける事の無い人見知りな子
それでいて会話が苦手な不器用な子
そして仲間思いな子だと
隣に居る40を超えた“ケンタ”は知っていた
『我が子みたいな存在が1人でも残るのなら残るだろ?』
恥ずかしげも無く、視線をズラす事無く彼は伝える
20を超えた頃に妻子を亡くし…
30超えた頃に友人を亡くし…
5年前にその忘れ形見を亡くした
今では仲間は愚か顔見知りを失う事ですら恐ろしい
ソレを理由に人を避けていたというのに大事なものばかり増えて…
今でも安全を置いて危うい場所にベルと居る
『“我が子みたいな子”なんて沢山居るじゃない』
まるで拗ねるように口をキュッと結びながらベルは会話を続ける
確かにケンタには反射的に我が子と答えてしまうような関係性の人が多い
歳が一回り二回りと離れていて目が離せない危うさを持たれれば自然とそうなるのだろうが…
『抗争が始まったのに此処に居残るって言い張る我が子は二人だけだったからな』
何故この場所が危ういかは各々充分に理解してる
区は愚か市を巻き込んだ裏社会の抗争が日本で起きたのだ
現代で此処まで治安の悪い市なんて此処ぐらいだろう
表向きは平和な街の癖して…裏ではドス黒いものが渦巻いている
『私も“テルヒコ”もなんだかんだ言って大丈夫よ』
そんな危険地帯に残ると言い張ったのはベルと“テルヒコ”と呼ばれた青年だ
明るいオレンジ色の髪を黒いヘアバンドで止めて…
憧れが止められないショッキングピンクの瞳を輝かせて…
カメラを片手に居残ると発言した我が子のような存在…基“問題児”
『せめて拠点に居ろと言ったのに…アイツは戦場カメラマンにでもなったつもりなのか?』
『かもね』
当人は四大欲求の一つ、撮影欲と言っているが周りから見ればただの奇行だ
綺麗な風景、人物、シチュエーションだけならまだしもリアリティある現場やシリアスな場面もそのシャッターに収めようとする
いわば変人という訳で…
そんな変人が集まるのが“八方組(やがたぐみ)”という組織だ
『…なんでそんなに優しくするの?』
変人の中では一般常識も良識も兼ね備えているケンタにベルは問いかける
ベルは居場所の無い孤児のようなものだ
裏社会で行われた人体実験の元になった赤子の1人
そして失敗作と居場所を終われた子
故に“変人”の部類に属している
比べてケンゴはというとそうでも無い
不幸が重なり心を塞ぎ
縁が重なり友人と共に此処に流れた
今では裏社会でも顔が効く八方組の大黒柱の一つ
そんな長く太い歴史を持つ彼の事をベルはあまり知らなかった
己を保護した女性と…育て親と顔見知りで現育て親にも関わらずまともにコミュケーションが出来ていない
変人の多い賑やかな八方組だからこそなんだろうけど…
『親友との約束だからな』
物憂げな表情でケンタが答えた
僅かに生えた口周りの髭を落ち着かないように撫でながら
苦労人を思わせる白髪混じりの髪、薄く皺が刻まれた顔、きちんと剃れと何度も言われた髭…
そんな容姿と雰囲気が哀愁を漂わせる
『そう』
親友とはどんな関係だったのか
何も知らないベルは疑問を晴らす会話を続けられなかった
素直に聞けば良いと理解してるのだけれど
哀愁漂うケンタに聞く勇気が無かった
その親友が亡くなってるのだと雰囲気で伝わったから
『ベル、ちょっと倉庫に寄っていいか?』
『何…急に…』
『おっちゃんの野生の勘ってやつだ』
いきなり哀愁を吹き飛ばすような鋭い目付きをするケンタ
その変わり身の速さに身体が強ばるベル
別に拠点に違和感は無い
強いて言うのなら人が居ないから静か過ぎるくらいだ
抗争紛れに武器を持った侵入者でも来たのだろうか
だとしても何故倉庫に?
『別にいいけど…それって嫌な予感?』
『まぁな、鈍ってれば良いけど』
ベルを不安にさせない為かケンタは深く語らない
移動する中年太りした身体をベルは追いかける
その大きな背中を見るとベルの身体の小ささを自覚する
鍛え上げられた攻撃の手段と程よく付いた防御の手段が合わせられた身体を中年太りと言うには叱られるだろう
テルヒコなら言いそうだが
ビルと言うには低く狭い建物の廊下を歩く
遠目に黒煙が映る窓の外は雨が降りそうなのか曇っていた
少しばかり土の香りだって鼻をくすぐる
八方組は裏社会で商売を目的とする組織だ
だから拠点内には数多の倉庫が点在する
まるで示されたようにケンタは1つの倉庫に向かっていた
拠点内の比較的中心部にある倉庫だ
そこには幾つもの武器がバラされ、隠されるようにしまわれている
ケンタがその扉を開けるのをベルが後ろから覗き込んだ
中にはとうに避難したはずの仲間が居た
顔がすっぽり収まるカゴを頭に被り
豊満な身体を薄い着物で包んだ女性
毛先に向かう度に黄色くなる柔らかなオレンジ色の髪を揺らしながら女は振り返った
『“カゴ”…?どうして此処に…』
その一つからカチリカチリと歪な音が鳴っていた
時計の秒針のような
タイムリミットを告げる音
そして蔓延するバラされた武器から発せられる火薬の匂い
『貴方が残ってくれて良かった』
酷く穏やかな声で“カゴ”は伝えた
渾名の元になった面隠しを取り
眉間、顎、両目の下…繋げれば四角となる特徴的なホクロを晒す
初めて晒すその顔は21の割には大人びていて
ぽってりとした厚い唇は柔らかく妖艶に微笑まれていた
ケンタは咄嗟に左手でベルの肩を掴み窓に向かって軽々と放り投げた
人体実験を受けたベルの身体が丈夫なこと
そんな身体が勢い良くぶつかれば窓が割れること
そしてこの窓の下には広めの花壇があったこと
窓ガラスは綺麗に割れてベルは重力に従い落ちていく
そしてガサガサッと音を立てて花壇に植えられた紫陽花に突っ込んだ
あまりの出来事に悲鳴さえも出なかった
とりあえず花壇から這い出ようとした矢先に大きな爆発音が耳を刺す
キィィィンと響く耳鳴りと眩い火柱
降り注ぐ窓ガラスを腕で凌いで服はボロボロになった
大きな破片が落ちてたら無事では済まない
先程まで自分が居たはずの窓から何かが投げ出される
それはボトンッと重たい音を立ててベルの眼前に
花壇から見て建物の反対側に落ちた
焼け焦げた左腕だ
肩があったであろう断面はブスブスと煙が舞い
まだ原型が留まっている左手は熱で僅かに縮んでいる
『…ぁ…』
それが誰のものかベルは気づいてしまった
でも理解したくなかった
花壇から這い出て立ち上がろうとしてもガクンと関節が折れる
落下の時に花壇の縁に足をぶつけたのか…
はたまた力が入らないのか…
痛覚を持たないベルには分からなかった
悲鳴すら出ない
嘘だと嘆く声すら出ない
ズルズルと体を引き摺りながら左腕に向かう
受身を失敗して折れた痛々しい自分の腕を伸ばして
確認するように左手を握った
そこにはケンタが大切にしていた僅かに焦げた結婚指輪が薬指に付けられていた
『…ぅ…そ……でしょ…?』
先程まで普通に話していたのだ
世間話のような…それにしては歪な
当たり障りのない会話とぎこちない距離感を産んでたのだ
きっと今日の反省日記に書かれるであろう後悔も産んだのだ
失うにはあまりにも大きな存在が
奪われるにはあまりにも大きな存在が
たかが大きな抗争のたかが小さな爆弾で
こんなに呆気なく朽ちるには…無惨にまともな形すら遺らずに逝くには
少女の絶叫では表しきれないくらいに残酷じゃないか
~あとがき~
創作のワンシーン
カゴさんは爆発物の距離的に爆散してます
ケンタさぁぁん…
好きな人に可愛いねと言われた自分が好きだった
要らない子って言われる事の方が多かったから
高い声とか大きな瞳とか長い睫毛とか華奢な身体とか
可愛いね、可愛いねって褒められるのが気持ち良かった
凄く好きだった
でも13くらいで身体が大きくなって
いっぱい食べるのも可愛いって言われてたのに
いっぱい食べたら大きくなっちゃうから
可愛くなくなっちゃうから
ピアスもね
沢山付けたの
可愛いねって言われたから
沢山プレゼントしてくれるから
好きって思って沢山付けてたの
服もね
ちょっとだけえっちなのにしたの
華奢な身体が見てるように
ウエストとか自信あって
アイドルみたいに軽くて可愛い
髪もお揃いにしたの
その色が落ち着くし
大好きだから
メイクも可愛いのにした
睫毛とかアイラインとか
可愛い瞳が良いからカラコンも付けてる
綺麗って言われた目と同じ色を探して買ったの
でも変な目で見られる
アチェーツはずっと可愛いって優しくしてくれるのに
他の人はもっと沢山食べなきゃとか
風邪をひくよとか勿体ないとか可哀想とか言ってくる
普通じゃないって
普通って何?
もう可愛い服着ちゃいけないの?
好きな服着ちゃいけないの?
好きな事を捨てないとダメなの?
好きな人に褒められた事を好きになっちゃダメなの?
男の子で可愛いって褒められちゃダメなの?
男の子で可愛いを好きじゃダメなの?
アチェーツ
アチェーツ
教えてよ
俺だけを見てよ
-------------------
~あとがき~
心の衣替えってしなきゃいけないのか
アチェーツに、パパに教えてもらってないです
否定するママと肯定するパパ
毒は苦いって言うけど甘い毒もあるんだなぁって
書いてて思いました
ご飯は食べた方がいい
ネガティブになって本当に病むから
スープとかちょっとだけ食べましょう
ボク春雨とか好き
あなたはだれ?
こえがだせないの?
そうなんだ
わたしはこのいえにすんでるの
あなたのいえもそっくりね
ゆかもてんじょうもそっくり
おようふくもそっくり
でも
てはちがうみたい
ほら
わたしはみぎ
あなたはひだり
あとわたしのほうがきれい
あなたのおようふくよごれているわ
よごれがうごくの
まほうみたいね
もうごはんのじかん
またあいにくるね
さびしくないように
おきにいりのぬいぐるみをおいてあげる
あなたもおいてくれるの?
ありがとう
じゃあね
またあした
〜あとがき〜
ある動物は鏡に写る自分を“自分と認識出来ない”そうです
もし人間も自分を認識出来なかったらこうなるのかしらね
古ぼけた鏡に映る自分を同じ服を着た誰かと思い込む…的な
涙ぐむ彼女にフラッシュが1度だけ光る
大切な人を亡くしたと
その原因は自分にあると
そう自責の念に駆られてた彼女を撮影したのだ
『私が殺したのよ』
そう叫ぶ彼女を撮影した
周りは勿論驚いた
不謹慎にも程があるとカメラを持つ青年を小突いた
『これは撮らなきゃいけないものっすよ』
いつもなら満面の笑顔で言い訳をする彼の声が
あまりにもか細く震えてて
彼も彼なりに傷を負ったのを伝えている
それなりに故人の存在が大きかった
『あの人が生きていた事を』
『あの人が此処に居た事を』
『触れられるものとして遺すには』
『こうするしかないんすよ』
ぽつりぽつりと彼なりの理論を展開する
彼女の為に寄り添い、誰が悪いという訳では無いと
ただ慰めていた少女は言葉を詰まらせた
『今生きてる俺らは』
『泣いて後悔するよりやらなきゃいけない事がある』
『だから俺っちはこうした』
『俺っちにはこうするしかなかったっす』
前を向かなきゃいけない人が居る
自分と向き合わなきゃいけない人が居る
これから先の為に動かないといけない人が居る
その人達の努力や功績を出来る限り多く遺す必要がある
『アンタはホント…』
涙ぐみながら普段と変わらない行動をしようとする彼に悪態をつこうとした
でも言葉が浮かばない
不謹慎で最低で空気も読めない彼に
自分は…
『ありがとう』
一言零した
『ずっと言いたかったの』
『ありがとうって』
『簡単な一言を』
途切れ途切れに後悔を語る
どうしようも無い後悔
感謝の気持ちをいくら伝えても死人からは何も返ってこない
『ベルちゃんは不器用だからちょっと遅れちゃったんだよね』
『でもね、今からでも遅くないよ』
『久保さんはね、優しいからね、きっと見ていてくれるよ』
彼女よりも幼い少女が懸命に慰める
秋晴れの空のような水色の髪を梳く
大切な人達に沢山褒められた髪を
ただ優しく撫でてくれる人達が居る
『受け入れてくれてありがとう』
『助けてくれてありがとう』
『友達みたいに』
『家族みたいに』
『接してくれてありがとう』
今まで言えなかった感謝の言葉が流れ出す
堰き止めてた全てが決壊したように
涙と同じくらいに
『傍に居てくれてありがとう』
1つでも届いて欲しいと願いながら
〜あとがき〜
生きてる人が覚えていれば死は永遠であり彼はいつまでも家族であり友人であり仲間である
目の前に居るのは敵だと誤魔化せればどれほど良かっただろうか
血の繋がりとか愛の繋がりとか長い間柄とか何もかも関係無くて
ただ面と向き合ってる自分達が“相容れないものだった”で済ませられればどれほど楽だろうか
大きな掌を振り上げる貴方が
我が子を後目に涙を流し続ける貴方が
幸せと不幸を見比べて自分の方がと喚く貴方が
当たり前のように笑っていてくれると信じてくれた貴方が
聞こえない所で小さく影を産む貴方が
紅葉のように染まっていく貴方が
居場所が無いからと寄り添おうとする貴方が
不運を共に背負えないと零した貴方が
現実と非現実を混ぜて嘲笑う貴方が
1人では何も出来ない貴方が
ただただ憎らしく思える貴方が
こんなにも愛おしいと気付くのは
あまりにも残酷じゃないか
あまりにも残酷じゃないか
〜あとがき〜
人の目って、凄く嫌いな人を見る時に鋭くなるよね
でも嫌いだなって思う反面好きだなって所もあったり
どっちも通り過ぎると“どうでもいいなぁ”ってなったり
嫌いな人に対する眼差しってどうしてあんなに怖くて悲しいんだろうね