昨日のことである。
何年もの間扉の向こうに居る死刑囚に訊いてみた。
「今年の抱負は?」
すると、彼はこう答えた。
「今年も生き抜く」
今度は彼が訊ねた。
「アンタはどうなんだ?」
考えるフリをしてから、
「人殺しにならないこと」
とだけ返した。
そして今日、私は彼が居た扉の中を秩序の側から見下ろしている。
タイトル【新年】
文字数 700文字くらい
「0時00分、境目を遂に超えた」
スマホの画面を見ながら、彼はそう言った。
「年が明けたみたいだが、どうもそんな気はしないな。まあ、23時59分が0時00分なって、日付或いは年が変わったところで、昨日の続きという感覚がなくなる訳じゃないから、当然っちゃ当然なのかな?」
何やら釈然としない様子の彼に向けて、「デジタルかアナログか、ってこと?」と訊ねてみた。
中途半端な物怪顔になった彼が答える。
「ちょっと違う──いや、そういうことなのかも。うん、面白いね。デジタルかアナログか、か………。考えもしなかったな」
広角を歪ませて微笑むと、更に続ける。
「いつも不思議に思うんだ。昨日と然程変わらないのに、年が明けると、途端に昨日までの1年間が過去になった気分になる。始まったという感覚はないのに、終わってしまったという感覚だけがあるのだから、どうも心地が悪くってね。でも、払暁にもなると年が明けたという感覚がようやく出てくる。これがどうも不気味なことこの上ない。更に心地が悪いったらありゃしない」
「あなたの感覚で話すなら、年や日付の変わり方はアナログだけれども、どこかデジタルみたいだと感じるってことかしら? 慥かに、人生は連続性。年の変わり目も本来はそうあるべきなのかも………。非連続的に感じると違和感よねえ」
町のあちこちから新年を祝う声がする。時計に目をやると、針は0時07分を指していた。
「happy new yearではないぞ、ちくしょうめ」
そう言って煙草に火をつけると、煙を吐き出してから「だから新年は嫌いなんだ」と彼は悪態をついた。それを横に見ながら、私はこっそりと笑った。
大晦日の晩、初めて喧嘩をした。
そして、私達はまた他人の関係に戻った。
あの人は怒りのこもった声で、
「良いお年を」とだけ残して、
私の許を去って行った。
小さくなっていく背中。
別れの側で、初めて見たような気がする背中。
私はその背中を追わなかった。
新年がもうそこまで来ていて、
清算するには丁度良かったから。
さようなら、過去の人よ。
人なんて解剖してみれば大体同じ。
身体の作りや形、心のあり方や動きもそう。
嫌いなアイツも、好きなあの人も、
意外と同じなのかもしれない。
十人十色のようでいて、実はそれ程変わらない。
全て延長線上にあるだけで、
その根本は同じ。
この一年で得たものや失くしたものは、
多分、誰もがいつかは失くすもので、
そしていつか得るもので。
それはきっと、
共通のイニシエーションなんだと思う。
みかんの皮の剥き方、
その数だけ物語がある。