僕は「ありがとう」という言葉を見付けた。
試しに使ってみようとしたら、
君に「ごめんね」という言葉を見付けさせた。
部屋の片隅
見たくないものが2つ
ゴキブリと幽霊
物真似の表情 その逆の感情
何か忘れている気がする。
だから、まだ眠らない。
タイトル【三日月の夢】
文字数 700文字くらい
「私たちはね、瞼を上げたままで夢を見ているのさ」
そう云うと彼女は泥水のような珈琲を啜った。ちろり、と舌で唇を舐めると、カップを置いて「私たちはまだ、夢の中にいるんだよ」と云った。
「どういうことかしら?」と私が訊くと、手を組んで、その上に顎を乗せて私をじっと凝視めてから「君は夢を見たことはあるだろう?」と彼女が逆に質す。
「ええ、勿論あるわ。それがどうしたというの?」
「仮令ばだ。そう、仮令ば。『もしも』とか『仮に』とかそんな話。君が三日月になった夢を見たとして、それは果たして『君が』三日月になったと言えるのかな? こうは考えられないかしら。『三日月が』夢から覚めたんだと」
いつも通り、揶揄うような口調で話し始めた。その声は魅力的で、実に蠱惑的で、聴いていると、喫茶店に流れるゆったりとした、能く分からない外国の音楽よりも心が落ち着く。
相変わらず何を云っているのかは分からないが、不思議と意味は分かる。
「じゃあ、私は三日月なのね」
「ふふ、それは君、違うよ。云ったろう? 飽くまで仮令噺だって」
珈琲をまた口に含む。今度は何となく真似をして、私もカップを口へ運んだ。
「でもね、私たちはそれを確かめる術を持たない。考えてもみたまえ。紙上の人物が読者の存在をどうして知ろう。知るには神──つまりは作者──が一石を投じて、メタ的にキャラクターに『これはフィクションです。君たちは役者です』と認識させるしかない。夢だって同じさ」
「むつかしいのね」
「そう、難しいね。じゃあこの話はもう止そう。下手の考え休むに似たりと云うしね」
井の中の蛙大海を知らず。私たちは夢と現実のどちらを生きているのだろうか。
──了