手始めに、画面上の『愛-恋=?』なる文字の羅列を奴に見せた私にはもちろん、下心があったわけで。
奴にとって私は、ただの『サークル仲間』でしかなく。このお題をきっかけに恋愛トークに持ち込み、その流れで女子としての私を意識してもらう、そういう作戦だったのだ。
──が、しかし。
「えー、ヒントは?」
それが奴の第一声で、それから奴はこう続けた。
「謎解きとか、得意じゃねぇし。ぜんっぜん思いつかん。アルファベットにしてから考えるとか……いやー無理無理、ギブアップ。で、それで? これって、アプリの脱出ゲームかなんかのヤツ?」
……えーと? 恋愛トークはおろか、哲学論議にすらならないんですけど……しまったー『ただのサークル仲間からの脱出』難易度高すぎだったわー。ねぇ、ヒントは?
注意⚠️イチャイチャ&ちょいエロです。
苦手な方はサクッと飛ばしてください。
お手数をおかけします。
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「へえ。『梨』のジュースをあまり見かけないのは、傷みやすいのと、他の果物に比べて糖度が低いから、だってさ。あのさっぱりした後味がよくて、それにジューシィなのに。でもジュースには向いてないんだ、ふうん」
「んだよ、何を唐突に」
「今日のお題がね、『梨』なんだ。参考資料欲しくて適当にググってただけ、でもちょっと食べたくなってきちゃった」
「ふーん。にしてもさぁ、他の女より糖度低めで後味さっぱり、そのくせ傷付きやすい? どっかで聞いたようなキャラだな?」
「……なんの話してる?」
「梨の話だろ?」
「……えーっと。梨は冷やしすぎだとあんまり甘みを感じないから、食べる30分前には冷蔵庫から出しておく。それと食べる順番は軸のほうから、一番甘みの強いお尻に向かって食べるのが……ん、ちょっと、」
「まずは温度な、了解。甘みが強くなる温度にしてやって、それで? 軸、つまりはテッペンからケツに向かって愛でる、と……」
「ちょっ、んん……もう、なんの、っ、話を、」
「梨の話だけど? 何か問題ある?」
『LaLaLaGoodBye』
♪ ラララ・グッバイ
おやすみなさい
今日という日よ サヨウナラ
今日という日はもう来ない
二度とお前を傷付けない
我が身に降ったすべてのことを
振り返らずに
ただ眠れ
……
◇
あのときの彼女は歌うように、そして、まるで俺を寝かしつけるように「さよなら」と呟いたのだ。
部屋を出てゆく彼女を引き留められなかったのはそのせいで、だから俺は、睡魔に抗えずに──いや。俺は手を振り払われるのが怖かった。追い縋って失敗したときの、傷の深さを恐れたのだ。
俺は彼女の望む幾つかを叶えてやれず、これもその一つだった。
「大人にだって子守歌、ララバイが必要だと思うんだよねえ。だからさぁユキヒロ、そーゆー感じのヤツ、作ってよ。ユキヒロの作った曲とアタシの歌で、迷える仔羊たちを寝かしつけてやるんだー」
ああ確かに、大人にだって子守歌は必要だ。彼女が俺から去ったいまならわかるし、なんなら彼女が欲しがってた感じの曲だって書けてしまったじゃないか。
俺はこの曲を、ボーカルの無いまま編集し、動画で配信することにした。
……なあ。迷える仔羊ならここにいる、だから早く見つけて、寝かしつけに来いよ。頼むから。
そうやってキミは『どこまでも』ボクに触れようとはしない。そのくせ、ボクがさっきあげたミントタブレットの香りが届くくらいに顔を寄せ、その視線だけでボクを絡め取り、一つも身動きを取れなくしてしまうんだから──本当にタチが悪い。
いいよ、わかった。先にしびれを切らすのはボクのほう、それで全部、何もかもをボクのせいにすればいい。意を決したボクが伸ばした指先は震えていて、キミの頬と薄い唇がそれを柔らかく受け止める。これでキミの大義名分とやらはOKで、だから、それからすぐに押し付けられたミントタブレット味と、加えて「歯止めが効かない」なんて呟く低い声に、ボクは涙目になってる。
夜の街を歩いていたのに、いつの間にか空の闇が薄らいでいた。
夜でもなく朝でもない間(あわい)の時分に、人影はない。闇に在れば呼吸が出来る類の奴らはそれぞれにその日の寝ぐらを見つける頃で、陽(ひ)の下に祝福を受け生きる仔らもまた、微睡みの中にいるのだろう。
よく知るはずの、なのに人も車も無いだけで『未知の交差点』となったその場所で、僕は立ち止まった。この既視感は──そう、僕が悪夢の中で抱く感覚。悪夢の中の僕はよく、知らない街を彷徨うのだ。いつもとても急いでいて、なのにどうしても、どこにも辿り着けない。
僕はただ帰りたいだけ、なのに。
でも──どこに?
とりあえず僕は、僕が家賃を払っている部屋を目指して歩き始める。部屋に辿り着いた僕は、膝と宿酔とを抱え、丸くなって眠るだろう。そしてまたあの悪夢の中で一人、見つからない、帰るべき場所を目指して、街を彷徨うのだ。