そうやってキミは『どこまでも』ボクに触れようとはしない。そのくせ、ボクがさっきあげたミントタブレットの香りが届くくらいに顔を寄せ、その視線だけでボクを絡め取り、一つも身動きを取れなくしてしまうんだから──本当にタチが悪い。
いいよ、わかった。先にしびれを切らすのはボクのほう、それで全部、何もかもをボクのせいにすればいい。意を決したボクが伸ばした指先は震えていて、キミの頬と薄い唇がそれを柔らかく受け止める。これでキミの大義名分とやらはOKで、だから、それからすぐに押し付けられたミントタブレット味と、加えて「歯止めが効かない」なんて呟く低い声に、ボクは涙目になってる。
夜の街を歩いていたのに、いつの間にか空の闇が薄らいでいた。
夜でもなく朝でもない間(あわい)の時分に、人影はない。闇に在れば呼吸が出来る類の奴らはそれぞれにその日の寝ぐらを見つける頃で、陽(ひ)の下に祝福を受け生きる仔らもまた、微睡みの中にいるのだろう。
よく知るはずの、なのに人も車も無いだけで『未知の交差点』となったその場所で、僕は立ち止まった。この既視感は──そう、僕が悪夢の中で抱く感覚。悪夢の中の僕はよく、知らない街を彷徨うのだ。いつもとても急いでいて、なのにどうしても、どこにも辿り着けない。
僕はただ帰りたいだけ、なのに。
でも──どこに?
とりあえず僕は、僕が家賃を払っている部屋を目指して歩き始める。部屋に辿り着いた僕は、膝と宿酔とを抱え、丸くなって眠るだろう。そしてまたあの悪夢の中で一人、見つからない、帰るべき場所を目指して、街を彷徨うのだ。
群生するコスモスが
風に揺れている
わたしに向かって
手を振るように
ぷつり、と手折られた
わたしは『一輪のコスモス』
遠ざかる薄紅色を
わたしはただ眺めていた
懐かしくて苦しいあの場所は
確かにわたしの故郷だった
もう戻れないんだ──
安堵して
そっと息を吐く
そして
思いきり吸い込むと
わたしの体は
秋の澄んだ気に満たされたのだ