【ここではないどこか】【夏】
ここではないどこかで君にまた会いたい。冷静になって君に会いたい。今度は逃げないように、今度はちゃんと話せるように。あの日の続きをするために。
「勝ーってうーれしいはーないちもーんめっ」
「負けーて悔しーはーないちもーんめっ」
あの子が欲しい、あの子じゃわからん。この子が欲しい、この子じゃわからん。
「相談しましょ、そうしましょう。」
君と私でジャンケンを、負けた方から引き抜くと。大人数が好きでは無いから二人だけ。二人遊びの達人ね。大人になれば遊びも変わる。遊びの時間が減っては私をすり減らす。少しだけ戻りたいと思ったんだ。負けず嫌いの劣等生。夏になるならかき氷。小銭を握りしめて買ったにも関わらず二人とも途中で飽きて最終的には嫌な顔をして完食。まぁ、昔のこと。
『ちょっと、会いたい。』
『ちょっとって何なの笑』
少し前の電子上での最後の会話。約束なんて決めずに今日ここまで来てしまった。ここなら会えるかも、なんて思ってない。ただ、無性に思い出してしまっただけなんだ。公園のあるブランコ。人の消えていく時間にブランコに座って空を見る。今じゃ私はおかしな人。
「勝ーって嬉しい花一匁」
こんな歌だったな。二人遊びの達人だからただのジャンケンとなんら変わらない。少し変わるのはただのジャンケンはつまらないからと形を変えただけ。
「負け面悔しい泣き虫お嬢。」
ふと前を見上げれば歳をとった昔の顔。雰囲気変わんないんじゃん。てか
「誰が泣き虫だ。」
「普通に話してくれるんだ、泣き虫お嬢。」
この距離感も昔から変わらない。少しだけからかわれて噛み付いてまるで犬と飼い主ね。癪に障るから絶対そんなことはないけれど。君はなんで高校が別れるってなって会えるの最後かもね、なんて笑いあった中学三年生の日に口付けをしたんだろう。その日からまともに顔なんて見れなかったのに都合よく美化された思い出には縋りたくなる。
「馬鹿なこと言ってるんじゃないよ。会いたいって言ったくせに。」
「弱みに漬け込むなんて最低だわ......」
声色を変えて無駄に女性らしくなる。本当に君は変わってないんだ。笑ってしまう。
「ちゅーしたの怒ってる?」
「怒ってたらいちいち昔思い出してこんなとこ来ないけどね。」
負けず嫌いの劣等生、忘れられない思い出に敏感。負けたみたいで悔しいじゃんか。こちらに近づいてくる君にふと立ち上がる私。目の前まで来た少し背の高くなった君に口付けを。
「驚いた?」
「相変わらず負けず嫌いじゃん。変わってないね。」
「君には言われたくないな。」
勝ち逃げされるわけにはいかない。負け面悔しい泣き虫お嬢に勝った気でいたペラペラ王子。王子は隙を掴んで私にもう一度キスをした。
「もう勘違いじゃ済まされないね。」
【君と最後に会った日】
君と最後に会った日は寒かった。あまり思い出したくはなかった。いい思い出とはとても言えないと思う。
「今まで彼氏面でごめん。」
「最後までやり通してよ。」
約束は守れそうになかった。日々の怠惰、きっとこれが原因なんだろう。心労あってのものかもしれない。彼女を振ってしまったことに後悔はなかった。なんせ、根っからのクソ。今更人のことを気にできるほど心に余裕はない。鏡を見ては毎度の如くクソみたいだと吐き捨てる。彼女が出来る前の人生もクソだった。意義もなく日常を過ごしているだけ、単純に時が流れていくだけ、それだけだった。そんな時に彼女と出会って俺の人生を変えてくれるのはこの人だ、と思ったんだ。
「案外、面白い人なんですね。もっと怖い人かと思ってた。」
「意外だったかな。優しそうって言われるのに。」
人当たりが良くて愛想が良くて、死んだ目をしている。他人から見たら第一印象はこんな感じなんだろう。だから、気を遣われる。
「怒らないんですか?」
「怒ることじゃないからね。」
彼女がいて意義ができた。前よりも生気が増えた気がする。ただし、貯蓄したものは償えないとする。別れを切り出した日、家に帰って泣いた、泣き叫んだ。その後には実家に連絡をして結婚を考えていた彼女と別れたことも告げた。
「馬鹿。」
扉を開けて入って、目の前に来て告げられた言葉。窓の外を見ていたので少しだけ素っ頓狂な顔をしてしまう。
「とうとうバレちゃったんだ。」
「なんで教えてくれなかったの。お友達から連絡頂いて一目見てやろうと来たんだよ。」
精一杯の背伸びだった。俺に出来ることはこれだ、と。衝動的に何を考えていたのかそう思ってしまったんだ。
「面白くて強い人なままでいたくて。」
「案外、つまんない人なんだね。もっと器用な人かと思ってた。」
怒りでいっぱいの顔には見えなかった。それでも、時間は無いらしい。日々の怠惰か、一度も絶えない心労か。生きているだけで苦労するのに人はすごい。一息ついてゆっくりと言葉を綴る。
「怒らないの?」
「怒ることじゃないからさ。」
君と最期に会えてしまった日は寒い日だった。あまり記憶は続かないけれど、いい思い出なんだと思う。
「彼氏面しててごめん。」
「最後まで彼氏だったよ。」
ゆっくりと目を閉じて最後に君の顔を確認する。
「何、その顔。」
「それはお互い様。」
泣いているのに笑っていた。君と最期に会えてしまった思い出は君にとってはどんな思い出なんだろうか。馬鹿みたいな笑い話だと面白い男のままでいられるのだけれど。
【繊細な花】
私、繊細な花を見るのが好き。だって、壊れたら直せばいいじゃない。そう言っていたらいつの間にか修理屋さんになっていた。お人形さんも縫えるし、みんなの仲も仲裁する。私は現代の万事屋さん。だから、この繊細な花だってお手入れすればずっと綺麗なままでいてくれる。永遠をしまったブリザードフラワー。綺麗にしまって枯れないように歳を奪ってしまった。
【1年後】
1年後のこの舞台。彼女は俺に何度目かの告白をした。あの時は受ける勇気も裏でとやかく言われることも怖かった。ここで会ってしまうのは大きな誤算。
「君が好きだと言っている。」
「断ったはずですよ。」
シナリオ通りに進む劇。俺はこの人を、エースを認めている。小学校が同じで一度いなくなってしまったけど高校でまた会ってしまった。ここは演劇部。貴方が王子で俺が姫。あべこべで可笑しくて格好悪くなってしまう世界。貴方の心はどうやったら奪わせてくれる?
「僕は貴方の姫にはならないですよ。」
「守られるのは嫌いなんだ。」
「大人しく、守られて。」
手で目を覆い仮面をつけた俺は静かに王子を抱き寄せる。出来るだけ、精一杯格好つける。本当はこの人が王子になるはずだった。けれど、必然的に俺は王子を任せられる。君に似合うからって。この人を押しのけるなんて柄じゃない。昔から演劇が好きでよく王子とごっこ遊びをしていたけれどずっと俺はこの人の姫だった。あべこべで格好悪い。
「私は姫なんかじゃない。」
「いや、立派なお姫様だ。大人しく僕の瞳に吸われて惚れて守られて。」
どこまでが演技? いや、この人はどこまでも。これだけは嘘に聞こえない
「君を姫にしてみせる。」
「必死に足掻いて下さいね。僕の王子様。」
この人の為に俺はもう二度と姫に戻らない。ひとつの賭けなのかもしれない。
【子供の頃は】
子供の頃はよかった、なんて。陽に手を重ねて心で愚痴る。俺は子供の頃の話をよく思い出す。大人になってからは休憩なんてなくて。子供の頃の無邪気さなんてない。あの配信者はいいな。自由そうだ。少しだけ歩き疲れたから休憩してもいいじゃないか。月並みな表現の人生っていう長い道を。子供の頃は夏祭りでりんご飴を買って、雨が降ってきたことがあった。