鏡
鏡の中に映る私は、ときおり笑う。
目の奥は、いかにも意地悪く光る。
鏡の中に映る私は、ときおり泣く。
左目だけから涙を流し、右目は感情が窺えない。
鏡の中に映る私は、ときおり無表情だ。
笑う気力も泣く気力も、取り繕う余裕すらない。
私の心の中と、鏡に映る私は別の人格だ。
なぜって?
心と表情が噛み合っていないから。
笑いながら、心では泣いている。
泣きながら、心では笑っている。
感情を隠しながら、悪知恵を働かせている。
鏡に映る私は、誰の感情を宿しているの?
いつまでも捨てられないもの
勉強に使ったノートの山。
私は捨てようとした。捨てようとしたけど、その度に母がごみ捨て場から連れ帰ってくる。
隠れて少しだけ捨てても、必ず見つけ出されて部屋の前に積まれている。
私の捨てられないものは、母の執着心なのかもしれない。
誇らしさ
誇らしいという感情を、私は知らない。
自分を賛美できるような出来事を持たない。
だが、弟のことなら誇らしく思うことがある。
したたかで、冷静に物事を見る目を持つ。
姉の私ですら利用しようと駆引きを持ちかける。
それでいて、一番大事な秘密をひとつだけ渡してくれるような可愛らしさも持っている。
今朝もそう、忘れ物をしながらもきちんと「返し忘れた充電コードを回収してくれ」とだけ連絡して脱走した。
次の帰省まであと二年。
秘密は守るよ。お姉ちゃんだからね。
夜の海
紺碧の夜に呼ばれ、海辺へと歩きだした。
すでに空に太陽はなく、ただ涼やかな夏の香りだけが私を大地と一体にする。
立秋も過ぎたというのに、この蒸し暑い温度さえどこか心地よい。
「……夏だなぁ」
ぽつりとこぼした言葉がすっかり海に溶けたころ、砂を踏む小さな足音を聞く。
「花火? はいはい、水汲んでくるから」
立ち上がって一度海を眇めてみても、もうあの海ではなかった。
自転車に乗って
自転車に乗って、どこに行くでもなく風に任せて走ると、心が髪を切ったように軽く感じる。
前から受ける風は心地よく、背から受ける風で勢いに乗って、どこまでも走っていけそうだ。