無理に笑わなくても良いんだよ、なんて。酷いことを言うのね。
私は、あなたを笑顔にしたくてアイドルになったのに。
そう言ってやったら困った顔で「いつだって笑顔だよ」と言われた。
「大好きなきみが幸せなら。欲を言えば、傍にいてくれるだけで、どんな辛い時でも笑顔になれちゃうよ」
確かに笑顔だ。困った子供を相手にするような態度だけれど、目許も口許も柔らかな弧を描いている。けれど本物に見えないのは――心の底から湧き起こるものに見えないのは、きっと私が幸福ではないからなのね。
唯一あなたを、一生懸けて笑わせたい。
これが私の引退理由。
『これが拡散されている頃、私は既に死んでいるでしょう』
そんな風に始まった140字×5リプライの主張は、投稿してから24時間が経った時点で5万リツイートを達成した。
5万リツイートが多いのか少ないのか、俺には判らない。でも、単純に「凄いな」と思う。有名人でも何でもない人間による700字の主張に対して、少なくとも5万人のユーザーが反応したのだ。それは、とても凄い。
700字の主張を投稿したのは、俺の幼馴染の女だ。
センシティブ設定をしていると引っ掛かってしまう類の内容に対し、いろんな人がいろんな反応をしている。共感する人がいるかと思えば、批判する人もいる。ざっと見た感じでは同情が多い。書き出しが不穏なので心配の声もある。『釣り乙』という表現は久々に見た。ネット掲示板に入り浸っていた時代に散々使ったスラングが、令和のSNSでも通用するのか。……少し驚いた後に、もしかしたら同世代かもしれないと考える。使い慣れた言葉は個人の世界で永遠に生き続けるので。
「なんでこんな投稿したんだよ」
俺はスクロールの指を止めて、正面に坐った女を見る。
炬燵が唯一の暖房器具な俺の1Kに居座り続けるこいつは、何を隠そう、例の投稿をした幼馴染だ。
『既に死んでいるでしょう』? とんでもない。ウーバーイーツで頼んだスタバの新作フラペチーノを飲みながらゼクシィを読んでいる。因みに俺が知る限り、こいつが結婚する予定はない。
「バズりたいとか炎上したいってやつ? 承認欲求がなんとやら?」
「そーゆーんじゃないよ。書きたくて、ずっと書けなかったんだよね。どこにも。でも『どうせ書くなら大勢に読まれたいな〜』って思ったから書いた」
「拡散されてるのに死んでないのはなんで?」
「今リツイートいくつ?」
「5万」
「じゃあ死んだようなもんだよ。特定厨とかいるじゃん」
なるほど。『社会的に死んだ』って意味か。
だったら今すぐ、うちから出てってくんねえかな〜? と率直に告げたら「大丈夫。きみと結婚する話は書いてないから」と返された。
いや、その話は初耳だわ。