「相合傘」
今日は天気が良くないな。ようやく梅雨らしくなってきたといえばそうだけど、どんよりした天気が続くと気が滅入る。
しかも、よりにもよってこんなタイミングで色んな用事ができてしまった。
大量の買い物に、パスポートの更新。
スーパーに行かなくてはいけない原因を作ったのはあいつ───自称マッドサイエンティストだ。
「ボクは!!!おうちでパーティーを開きたい!!!」とか突然言って、色んな料理を作っていたらあっという間に冷蔵庫が空になってしまった。
うちの冷蔵庫は生憎急なパーティーには対応していないんだ。
だからいろいろ食べ物と、ついでに消耗品を買おう。
あ、大荷物になる前に役所に行かないと。
「おやおや!!!お出かけかい?!!ボクも一緒に行くよ!!!ボクはキミ達ニンゲンがどんなふうに町を維持・管理しているのか興味があるのだよ!!!」
……いいけど、あんまり変なことするなよ?
「変なこと?!!失礼な!!!ボクがそんなことをするような存在に見えるって言うのかい?!!」
はいはい。悪かったよ。
「それじゃあ!!!行こうか!!!」
「あ、そうそう!!!傘も忘れずにね!!!」
自分はマッドサイエンティストを自称するこいつと外に出た。
ムワッとした空気に包まれて季節を感じる。
「いかにも梅雨らしい天気だね!!!まあボクは今まで梅雨を経験したことがないのだが!!!」
「そういえば!!!パスポートの更新には収入印紙が必要なのだろう?!!もう購入したのかい?!!」
……しまった。忘れてた。
まあでも役所までの道に郵便局があるからいいか。
自分たちは急遽郵便局に寄ることにした。
収入印紙を買っている間、あいつは楽しそうに中を見てまわっていた。そんなに珍しいものがあっただろうか。
「おや!!!素敵なデザインのハガキだね!!!」
「これを見たまえよ!!!季節感あふれる柄の切手だね!!!」
「なるほど……精巧な印刷技術が使われているね!!!」
あんたのこと見えてるひとがいないからってあんまり騒ぐなよ。
「まあまあいいじゃないか!!!それで、ちゃんと収入印紙は買えたんだろうね???」
「それじゃ!!!お天気が崩れないうちに!!!新しいパスポートを受け取りに行こうか!!!」
役所に行くのは随分と久しぶりだ。
一体いつ以来だろうか。
「この辺りはうちの近所とは少し違う雰囲気だねぇ!!!」
「ほら、見て!!!バラとアジサイが植えてあるよ!!!」
「あっちには……なんだろう……猫?の置物があるね!!!」
物珍しそうに隣ではしゃぐあんたを見る。
何を見ても楽しそうだな。
「そりゃそうだよ!!!なんせ、ボクの管理する宇宙でこれだけの文明が築かれているんだから!!!ボクだって嬉しいうえに鼻高々だよ!!!」
「あ!!!あれが役所だね?!!」
そういや、ちょっと気になってたことがあるんだが。
「どうかしたかい???」
前にあんたの身分証を叩き割ったことがあったけど、あれってどうやって再発行したんだ?
「……気になる???」
「後で教えるから、その前にどんな手続きをするのか見せてくれたまえよ。」
……若干怒ってる気がする。
あの時は悪かった。ごめん。
……必要な書類を持って部屋に入る。
窓口に書類と収入印紙を提出して、パスポートを受けと───
「え!!!ちょっと!!!本当に受け取るだけなの?!!」
「ねえ!!!いつの間に事前の手続きをしたんだい?!!」
「ふむふむ……なるほど……!!!」
「まったく、便利な世の中だねえ!!!」
今の一瞬で何が分かったんだ……?
「公認宇宙管理士の認定証の再発行より相当楽ってことかな。」
「それはともかく!!!今から買い物だろう?!!そろそろ天気が怪しくなってきたから急ぐよ!!!」
ああ、そうだな。
「しかし、キミ達の文明はなかなか進んでいるね!!!」
「まあボクの背負っているものは相当重いから簡単な手続きだけじゃどうにもならないから仕方ないか!!!」
……あ、今腕が濡れたような?
「おっと!!!雨だよ!!!ボクは濡れても平気だが!!!」
急いで傘を開く。あいつは雨にも関わらず平気で歩いてる。
……おい、そういやなんであんたは傘を持ってないんだ?
「雨を浴びたい気分なんだよ……。」
やめろ。この前玄関を雨でびしょびしょにしたのは誰だ?
「さ、さて、誰だっただろうか〜???」
……いいからこっち来い。
「へへっ、これが相合傘というやつだね!」
「キミがこんなことをしてくれるってことはアレだね?ボクのことが可愛くて仕方ないってことだね?!!」
いや、また玄関を濡らされたらたまったもんじゃないからな。
「ふ〜ん???」
キミも素直じゃないなぁ!
本当はボクが濡れて体を壊さないか心配なんだろう?
ま、素直じゃないのもキミらしいが!
とりあえず、今日はこのままキミのそばにいようかな!
「落下」
一歩踏み出す。落下する。
一歩下がる。また落ちる。
また踏み出す。もっと落ちる。
背中を押される。落ちる。
心を裂かれる。また落ちる。
自分を知る。深いところまで落ちる。
過去がこっちに倒れてくる。
未来が深淵に崩れ去る。
痛い。いたい。怖い。つらい。
それでも進む。また落ちるのが分かっているのに。
進まなきゃ赦してもらえないから。
誰に?誰が?何を赦されるの?
私は誰に赦しを乞うているの?
赦しを得るためにまた一歩踏み出す。また落ちる。
どこかに身体と心をぶつけて、傷は塞がらない。
禍色の空を掴む。
落ちる。落ちる。おちる。おちる。
落ちる。落ちて、堕ちる。
お
ち
る
。
私
は
ど
こ
ま
で
「未来」
ボクが見ている未来。
彼女が見るはずではなかった未来。
キミと一緒に見たかった未来。
ねぇ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎。ボクの大事なきょうだい。
キミはどこに行ったの?
誰かに盗み出されたの?
自分の力であの場所を出て、どこかに隠れているの?
それとも───自分で自分を、消してしまったの?
まさか、まさかキミがそんなことをするはずないよね?
旧型の彼女が脱出してしまったことからも分かる通り、アーカイブ管理室のシステム内に問題があるんだろう。
だから、きっとキミも、何事もなく。
苦しまずに眠りについているはず。
そうだよね?
……あんなことがなければ、ボク達は一緒に仕事ができたのに。
キミがこんな狭い部屋に閉じ込められる必要もなかったのに。
あの時もっと力があれば、キミを救えたかもしれないのに。
後悔なんてしたところで、何にも意味をなさない。
だが、それが分かっていても。
キミと一緒にいる今を、未来を思わずにはいられないんだ。
キミはどこにいたっていい。ボクが必ず見つけるから。
キミは何もかも忘れたっていい。ボクが全部教えるから。
……ボクのことさえ、忘れたっていいよ。
だからせめて、せめて無事でいてほしいな。
……これがボクの、たった一つの願いだよ。
⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎、また会おうね。
「1年前」
……なんだ、今日はやけに騒がしいな。
自称マッドサイエンティストのお仲間とやらがまーた勝手にうちに上がり込んでるのか?こんな朝早くに。
おい、静かにしろって!
「おやおや、起こしてしまったかい?悪いね!」
「今は少々立て込んでいるから朝食はまだ出来ていないよ!」
いや、それはいいんだが、そっちのひとは誰なんだ?
「あぁ、彼女もボクと同じ公認宇宙管理士さ!普段は宇宙の管理に携わっているのだが、急遽事件の捜査に加わったそうだよ!」
「マッドサイエンティスト、これがニンゲンさん?」
「……どうも、はじめまして。アーカイブ盗難事件の捜査をしている者です。」
「今回は、294001番───マッドサイエンティストの取り調べを追加で行うことになったから連行しにきたの。」
「は?!!なんで?!!!」
「なんでって……あんたが提供した情報が捜査の撹乱を狙ったものじゃないか確かめるためだってば!」
「……というと??」
「アーカイブ管理室に格納されているっていうあんたの『片割れ』
とかいうのがなくなったって情報が回ってきたけどさ!その片割れに全部の責任を押し付けるつもりじゃないか、って!」
「なんてことを言うんだ!!!ボクが誰かに全責任をおっ被せるような卑劣な真似をするとでも?!!ボクを侮辱するのもいい加減にしろ!!!」
「まああんたがここで何を言おうが、取り調べを受けてもらうことに変わりはないけど。精々墓穴を掘らないようにね。」
「はぁ……。」
……片割れ?片割れってなんなんだ?
合体して完全体になる、みたいなやつか?
多分違うよな……。
でも、こいつにとって大切な存在なんだろう。
こいつの片割れは、一体どこに行ったんだ?
01110111 01101000 01111001 00111111
……またここに来てしまった。
全く!!!ボクは捜査に協力しているだけなのに!!!
「公認宇宙管理士第294001番、コードネーム『マッドサイエンティスト』、またお会いしましたね。今回はアーカイブ番号722840-687533-927についてお話しして頂きます。」
「前にも言ったが、その呼ばれ方はあまり好きじゃないのだよ。……まあいい。キミが知りたいことは何だい?」
「アーカイブ番号722840-687533-927について、です。」
「……それなら、アーカイブ管理士に聞いたほうがいいんじゃないかい?」
「もちろん、我々はアーカイブ管理士の皆様にも該当アーカイブについて聞き取り調査を行いました。しかし、そのような番号のアーカイブがあった形跡がないと結論づけられました。」
「つまり、そんなアーカイブははじめから存在していなかった、と言いたいんだね?」
「その通りです。」
「となると、キミ達はアーカイブ管理室から旧型の宇宙管理士を盗み出して宇宙を破壊しようとしたのはボクの仕業で!!!」
「その上架空のアーカイブをでっちあげてそいつの犯行であるように仕立て上げようとしていると考えているんだね?!!」
「おおむねその通りです。」
「ねぇ、キミ達はちゃんとアーカイブ管理室のバックアップを確認したのかい?」
「1年前、ボクがアーカイブ管理室来た時にはボクのきょうだい─── アーカイブ番号722840-687533-927は確実に存在していた。」
「ボクはそこそこの頻度で該当アーカイブを閲覧していたから、閲覧履歴も残っているはず───つまりでっち上げのはずがない。だからあのアーカイブが嘘だと思われるのは少々癪だね。」
「ちゃんと捜査には協力するから、キミ達はアーカイブ管理室のバックアップをくまなく閲覧したまえ。話はそれからだ。」
「……もうボクから話せることはないよ。」
「ご協力頂きありがとうございました。それではご退出ください。」
はぁ、全く。一体全体どうなっているんだ?
とにかくボクは何にもやってないってば!!!
頼むから早く丸く収まってくれたまえよ〜!!!
「好きな本」
このテーマを見て高校の時にあった素敵なことを思い出した。
中学生の頃、授業で「あなたの好きな本は何ですか?」と聞かれた。その時私は多分当時読んでいたミステリ小説の題名を挙げた気がする。
他の子は、「俺本とか興味ないし」とか、流行りのラノベばっかり挙げるとかで、あんまり個性がないというか、みんな本を読まないんだなぁと思って、ちょっとがっかりした。
そんなことも忘れて高校に入り、2年生になって初めて国語の授業を受けた。
その授業のはじめは、自分の名前と好きな本の題名を自己紹介代わりに言っていくところから始まった。
「私の好きな本は」この質問を聞いてその時やっとうっすら、中学生の頃のことを思い出した。
このクラスの彼らはどんな本が好きなんだろう。
いや、興味があるかも分からないのに、変に期待してもあんまり意味はないだろうか。
そんなことを思いながらも、同級生の発表を聞き始めた。
「僕は〇〇〇〇です。好きな本は───。」
「私の名前はXXXXです。私の好きな本は……。」
みんなが順番に発表していく中で気付いた。
今のところ、誰も好きな本が被っていない。
私も自己紹介代わりの発表をして、それからしばらくしたら全員が名前と好きな本の題名を挙げ終わった。
その時、私は思った。
すごい。40人くらいいるクラスなのに、誰も同じ本の題名を挙げなかった。みんな、たくさん本を読んでいるんだなぁ。
みんなに名前があるように、みんなに好きな本がある。
それに気付いて、とても嬉しくなった。
最近では忙しくなってしまって、以前ほど本に触れる時間が減ってしまったうえ、積ん読が増えるばかりだけれど、せっかくだからまた本を読んでみようかな。