『美しい』
怪しげな商人から「魔法の鏡」を買わされましたわ
なんでも語りかけると真実を話すとか、胡散臭いですわね。
鏡よ鏡よ、世界で一番美しいのはだあれ?
すると鏡の中から声が聞こえてきた。
『もちろん貴女様であります。と、言いたいところですが、貴女様よりも美しい存在がこの世にはおります』
な、なんですって?!
私より美しいなんて一体どこのどいつです!!
『この世界におけるメインヒロインです。彼女は雪のように白い肌と薔薇色の頬、小さな唇に大きな瞳、そして誰よりも純粋な心を持ち、皆から愛される存在なのです』
悪役令嬢は激怒した。
嫉妬という名の毒が彼女の体を蝕んでゆく。
『このままだと貴女様が受けるべき寵愛は全て彼女に奪われるでしょう。そこでこちら、新商品「魔法のアイシャドウ」瞳を大きく見せる魔力が込められており、西の魔女も絶賛!今なら初回価格20万ペイン!
お次は「美の妙薬」!飲み続ければ老化を防ぐ効果があります。今はどんなに若く美しくチヤホヤされても、老いれば見向きもなくなります。そんな惨めな思いはしたくないですよね?こちら定期購入で40万ペイン!如何でしょう?』
ええい、全部買うわ!
悪役令嬢の鬼気迫る様子を見兼ねたセバスチャンは、鏡を窓の外へと放り投げた。鏡は粉々に砕け散った。
あら、セバスチャン。私は一体何を…鏡の魔力にあてられていた?まあ、あれにそんな強い力が…あの商人、何てものを売りつけてくれたんでしょう。
なんだか私とても疲れましたわ。
紅茶を淹れてちょうだい、セバスチャン
『この世界は』
この世界は二種類のものが存在しますわ。
私か、私以外か。
私、自分以外のものにあまり興味がございませんの。
その手に持っているものは何か?
まあ、お目が高いこと!
これは『心が見えるオペラグラス』
知り合いに貸していただいたの。
試しに使ってみましょうか。
悪役令嬢は外へと足を運び、
小さな蟻たちを見つけた。
一生懸命働いてる子もいれば、お仕事をサボってる子もいますわ。人間とさほど変わりませんわね。
『ヨイショ ヨイショ』
『サムイ!』
『オサンポ タノシイ』
悪役令嬢は道端にひっそりと
咲く小さな青い花を見つけた。
屋敷の庭に咲く薔薇やりんごの花に比べたら、
華やかさや香り高さはありませんが、
控えめで愛らしいですわね。
『フマレタトコロ イタイ』
『ア ダレカミテル』
『ワタシ キレイデスカ』
屋敷へと帰ってきた悪役令嬢は
今日の出来事を思い出した。
私の興味がなかったものにも
心は宿り、日々を生きている。
この世界はなんて美しいのでしょう。
そう思いませんこと?セバスチャン
『どうして』
どうして悪役令嬢になったか、ですって?
実は私、ここへ来る前は別の世界で暮らしておりました。
その世界では私は『脇役』で、
自分の意思を持たず、毎日周りの顔色をうかがい、周りの言動を気にしながら生きておりました。
どうして私はこんなにも怯えているのでしょう。
私は一体何と戦っているのでしょう。
物思いに耽っていた私は、鉄の馬がこちらへと走ってくる音にも気が付かなかったのです。
目覚めた私はこの世界に産み落とされ、『悪役令嬢』という役を天から与えられました。
ああ神よ、それが私に与えられた役というのならば最後まで演じきってみせましょう。
そして今度こそ、私がこの世界の『主役』という玉座に君臨してみせますわ!
最後までお付き合いいただけるかしら、セバスチャン
『夢を見てたい』
夢とはなんて甘美で素晴らしいものなのでしょう。
あるところに、
捕虜として収容所に閉じ込められた
兵士たちがおりました。
彼らは架空の愛らしい少女を作り出し、
その子を慈しみ大切にする事で
心の平穏を保っていました。
少女の存在によって彼らは辛い日々を生き延び、
故郷の地へと帰ることができたのです。
またあるところには、
マリーという一人の女性がおりました。
女王の座を追われ、牢獄に繋がれ、
民から罵声を受け、断頭台に上げられても
彼女は怯みませんでした。
その姿は贅沢な暮らしをしていた頃よりも
ずっと女王らしかったのです。
夢は私たちの心を守ってくれる
鎧でありドレスなのです。
心の中でなら勇者にだって
プリンセスにだってなれます。
自分を特別な存在だと思えれば、
他人から侮蔑的な言葉を投げつけられたとしても
毅然と立ち向かえるのです。
私はこの身に高貴な血が流れる
絢爛豪華な悪役令嬢ですわ。
さあ、私の美しさにひれ伏しなさい!愚民ども!!