小説
迅嵐※同棲
彼は存外、子供のように笑う。
例えば、ふとした瞬間に。
「あれ、嵐山帰ってたんだ。ただいま。いい匂い」
扉を開ける音と共に小さく溜息を吐いた彼に、俺は鍋の火を止めて歩み寄る。
「おかえり。今日は防衛任務を交代して貰ったんだ」
「え、そうなの?なんで?」
迅は不思議そうな顔で首を傾げる。それもそうだ。普段の俺なら交代なんて考えもしない。
「んー、…秘密。ほら、手洗ってきて。ご飯できてるぞ」
俺の回答に不服そうな迅を無理矢理洗面所に向かわせ、俺は台所へ戻る。今日作ったのは料理初心者でも作れるカレー。ホカホカの炊きたてご飯と鍋の中のカレーを皿によそう。俺の作るカレーはゴロゴロと大きな野菜と特売で買った豚肉が入っているごく一般的なカレーだ。
「やった、カレーだ」
「ん、今日も准特性野菜たっぷりゴロゴロカレーです」
「そのネーミングセンスどうにかならない?」
表情を緩ませながら笑う彼にスプーンを手渡す。
「いただきます」
二人で手を合わせ、熱々のカレーを口に含む。
「……ん、美味い」
「美味いか?」
「うん、美味い」
そう言う彼は存外、子供のように笑う。本当に普通のカレーなのに、本当に美味しそうに食べる。
俺は迅のこの顔が好きだ。
いつも大人びた笑みを浮かべ、数え切れない未来を見据える彼が子供らしく変わる瞬間。
「そういえば、俺が先に帰ってるの、視えなかったのか?」
「…うん、ちょっと、ね。別のこと視てた」
聞くと、その別のことに気を取られ、すっかり俺の事など忘れていたと言う。
まぁそれは仕方の無いことで。迅はいつも沢山のものを背負っているから俺のことは後回しになるのは普通のことで。
……でも、最近は会えてなかったのだから少しくらい思い出してくれたっていいじゃないか。
「…寂しかったのは俺だけか」
「ごめんごめん、おれも会えなくて寂しかったよ。…そう膨れんなって」
笑いながら俺の膨れた頬をつつくと、食事を再開する迅。
逆に俺は食べることを中断してじっとカレーを食べる迅を見つめる。
自分の悩みがちっぽけに思えてきた。
子供のようにカレーを頬張る彼の頭を撫でてみた。
ぽかんと口を開く姿を見て思わず吹き出す。
これもまた視えていなかったらしい。
「えっえっ、」
じんわりと顔を赤くする迅があまりにも可愛くて。
「ふふ、お疲れ様、迅」
「……ん」
恥ずかしそうに俯きながらスプーンをかじる迅に満足した俺は食事を再開した。
小説
迅嵐 ※SE無し
放課後、おれは教室にいるはずの嵐山を呼びに行った。
「おーい、あらしや……」
するとどうだろう、教室には嵐山と知らない女の子がいるではないか。
おれは咄嗟に身を隠す。
別にやましいことなどないはずなのに。
「嵐山くん…私、嵐山くんの事がずっと好きでした…!良かったら私と付き合ってください!」
可愛らしい声を小さく震えさせながら想いを伝える女の子は、まさに恋をする女の子そのもので。
きっと小さな顔を真っ赤に染めあげていることだろう。
「……」
嵐山は何も言わない。
心臓の音が聞こえてしまう程うるさい。
嗚呼、
「……だめ…」
どうしてこんなに苦しいのだろう。どうしてこんなに嫌なのだろう。
「……っ」
おれは、気づいてしまった。
いや、ずっと気づかないフリをしていた。
おれは、嵐山のことが、
「……告白してくれてありがとう。とても嬉しいよ。でも、すまない。君とは付き合うことができない」
「……そう…。こっちこそごめんね」
パタパタと軽い足音を立てて、女の子が教室を出ていく。こちらには気づいていないようだ。
「……迅。いつまで隠れてるつもりだ?」
「……バレてた?」
嵐山はずっと気づいていたらしい。
「…なんで告白受けなかったの」
机に腰掛けながら、目の前の色男に問うてみる。足をぶらぶらさせながら、さも興味無さげに。
「……好きな人が、いるんだ」
「……!……へぇ、そうなんだ」
あ、やばい。やってしまった。
「それって誰?おれの知ってる人?かわいい?」
混乱する頭を他所に、おれの口はペラペラとまわる。
これ以上聞いてはいけないことは理解しているのに、止まらない。止められない。
「あぁ、知ってる人だよ。……かわいい方だとは思う」
「……」
愛おしそうに目を細める嵐山をおれは直視出来なかった。
「それ、名前、聞いていい?」
もう、終わらせようと思った。気づいた事自体を無かったことにしよう。嗚呼、それがいい。おれは男だし、女の子に勝てる所なんて何一つ持ってない。滑稽だ。……さぁ笑え。笑うんだ、迅悠一。
「……いいよ」
嵐山がおれに目を向ける。キラキラ光るエメラルドがじっとおれを見据える。心做しか揺らめいて見えるのは気の所為だろうか。
「………………おまえだよ」
……?……。……、……。……??……?
え?
嵐山は端正な顔を赤らめ、ぱっと視線を逸らす。
…………おれ?
「……ぁ、」
「……好き」
ちら、とこちらに視線を寄越す嵐山。なんといじらしいことか。耳まで赤くなっていて、吸い寄せられるように手を伸ばす。
「ん……」
ぴくりと反応する嵐山の耳は火傷しそうなほど熱く、現実なのだとふと思う。
「……それ、ほんとう?」
こくりと頷くその姿におれの心臓はさっきと違う意味で暴れ始める。不安も、苦しさも、全部吹き飛んで、代わりにあるのは、
「…おれも嵐山のこと好きだよ」
驚きに見開かれたエメラルドに吸い込まれるかのように、おれは嵐山の形のいい唇に自らの唇を重ねた。