日が落ちて夜になった
重たい上着
窮屈なシャツのボタン
締めたズボンのベルト
革靴とくつした
全部緩めて布団へ沈む
足も 腕も 腰も
深く深く潜っていく
瞼が鉛のように重たい
うつら うつら
まどろみが心地よい
もう今夜はこのまま
【また明日】
「そういえばさぁ、この前」
「何だ急に」
とある日の放課後の教室。
一つの机に向かい合いながらノートにペンを走らせている友人に俺は思い出したことを口にする。
「俺、超久々にタピオカを買ってきた訳よ。テイクアウトで」
「ああ…ちょっと前に流行っていたなタピオカ。一時期長蛇の列を作った店もあったような」
友人はノートと教科書を交互に見ながら、俺なんて一瞥もせずに返答をした。
え、お前って周りの流行りなんて気にしていたの?意外。堅物でそういうのに興味なんてないと思ったわ。
なんて思いながらも口には出さずに、それで帰りの電車でー、と俺は右手のシャーペンを回しながら言葉を続ける。
「うっかり車内で落としちまってさ、もうやべーの俺の周り。氷とお茶が床にぶちまけられちゃって。しかもその時、俺なんも拭くもんなんて持ってなかったし。真顔で頭真っ白になった」
「へぇ。それは是非立ち会いたかったな」
「お前があの時いたらなぁ…ハンカチ借りたのに」
「貸すわけないだろ、ハンカチが茶でぐちょぐちょになる」
「いやそこは貸せよな??ハンカチくんにはどうか犠牲になってもらって」
「それでどうなったんだ」
「それがさー、たまたま近くの席に座っていたお姉様が自分のティッシュを恵んでくれてさ、お姉さんがティッシュをくれたのをきっかけに周りの人たちも次々にティッシュを恵んでくれて、更に拭くのを手伝ってくれた人もいて、嗚呼、世界って優しさで出来てんだなって。申し訳無さもあったし、この日ほど見ず知らずの人たちのご厚意を実感した日はなかったわー」
「そうか」
「そんで、まじであの日ほど、見えなくなりたいって思った日もなかった」
シャーペンをノートの上に置き、空を仰ぐ。年季の入った教室の天井はところどころにシミがついている。
「まぁでも、タピオカにパールが入ってなかったのだけは、不幸中の幸いだったわほんと」
「パール?」
「黒いつぶつぶのやつ。あいつらを拾うってなると更に大変だっただろうし」
「そうだな」
「消えたい、と言えば、俺最近、やたら羽音のデカい虫に近づかれることが多くてさ、マジビビる。無害でもこえーじゃんあいつら」
「お前のことを花か何かだと思ったんじゃないか」
「まじかーモテるって辛いわ」
「まぁ虫にだがな」
「まぁもし俺が誰にも見えないものだったとしたら、タピオカも落とさねーし、虫にも認知されないし、快適万歳だったとは思う」
けど、と俺が言いかけたところで下校のチャイムが鳴った。
完全下校の時間である。
やべ、結局テスト勉強が全然捗らなかった。
俺はいそいそと鞄へ勉強道具を仕舞い始めると、友人がぼそ、と呟く。
「お前がいなかったら、こんな時間もなかった。次は電車で飲み物を溢すなよな」
え?今何て言った?と聞き返そうとしたけれど、友人はいつの間にか帰り支度が済んで教室を出始めていた。
いやそこは置いてくなよな、と内心で突っ込みを入れながら、あいつを追いかけた。
【透明】
ひとから紹介されたり
自分の足で探して
追い求めるのもいいけれど
やはり
頭の先からつま先まで
自分好みに 創造することが好きだ
業が深いのか
傲慢なのかは 分からないけれど
【理想のあなた】
出会いも突然だった
ふとSNSを
ぼー と眺めていたら
目に 飛び込んできた
貴方
貴方を知りたくて
知りたくて
不定期に綴られる貴方のことを読んだり
考察という名の 妄想をしたり
限定 という文句に乗せられたり
沢山のありもしない宝石を買ったりもした
でも ある日
貴方を取りまくものが嫌になった
貴方は悪くない
いや 貴方も私も
悪いのかもしれない
とにかく
もう疲れてしまった
今までありがとう
ばいばい
そう思い
スマホ画面を指で強く押した
【突然の別れ】
一枚のチケットを持って君に会いに行く
それなりの時間をかけて最寄りの駅へ着いた
改札を出ると行くべき場所へと足が弾む
立ち止まっては一歩二歩進む
立ち止まって
一歩
二歩
ようやく辿り着いて
人の波に揉まれながらも
ゆっくり横目で見つめていく
一期一会の君へ
【恋物語】