風に舞う桜の花びらを掴んでみたいと思ったことは、誰しも一度はあるだろう。
そして、誰もが考え、挑戦する故に、成功が難しいことも、よく知られている。
そんなわけで、自分も運試しのように、毎年やっていたりするのだが。
桜の花びらを掴めること自体、なかなかの確率でしか起こらない奇跡なのに、
何度も挑戦してようやっと掴んだものが、隣で同じことをやっていた君の手だった、なんてことは、桜の花びらを掴むよりも起こりえないことのはずであり。
後者の確率を先に引き当ててしまった自分は、最高に運がいいと言っても、いいんじゃないだろうか。
【桜】
ご飯を食べる。
散歩をする。
買い物に行く。
そんな何気ない日常の行動に、「君と」がつくようになった、脳内スケジュール帳。
【君と】
どれだけ手を伸ばしても届かない。
けれどつい手を伸ばしてしまうそれは、
あまりに大きく、あまりに眩しく、あまりに綺麗で。
そんな表現に、憧れやら想い人やらを連想してしまうような、空。
【空に向かって】
病室。
周囲は全部白いのに薄暗く感じるのは、きっと、
目覚めたばかりの相棒が、怪訝そうな、不審なものを見るような目でこちらを見ているからだろうか。
頭を打っていたから、なんとなく予想はしていた。覚悟もしていたつもりだった。
けれどこうして、相棒の記憶から自分の存在を抹消されたことを実感すると、やっぱり傷つくもので。
誰よりも信頼して、愛していたから、なおさら。
今の自分は、どんな顔をしているのだろうか。
きっと酷い顔だ。相棒の目つきがまた鋭くなったから。
苦しい。辛い。悲しい。
そんな安い言葉じゃ表せないくらいの感情が心にはある。
けれど、今の自分には選択肢がない。
一から関係を築き直す以外には。
とりあえずこれからやらないといけないことは、
二度目の「はじめまして」。
【はじめまして】
「あったかいな」
「そうだな」
「風もゆるいし、快適」
「ああ」
「…あ、桜だ。どっから来たんだろ」
「さあな。この辺桜の木ねえし、結構遠くからだろ」
「…オレも、風にさらわれてどっか遠いところに行きたいと思ったことあったなあ、あの桜みてえに」
「どーせさらわれんなら、俺んとこ来いよ」
「は?全然遠くねーじゃん」
「お前が遠くに行くの嫌だし」
「ならそっちが迎えに来いよ」
「ムズすぎだろ………」
「…」
「……」
「…いっそ、一緒に消えるか、遠いところに」
「……………それが一番いいよな、結局」
【春風とともに】