誰よりも、ずっと……
私は おそらく ここの誰よりもずっと
マンガの立ち読みをしてきました。
現在はラップで読めないマンガの単行本も
昔は読み放題でした。
本屋さんに嫌な顔はされましたがね。
学生時代のお気に入りは タッチ でした。
当然、出ている全巻読破しました。
立ち読みしながら泣いてしまう巻もありました。
卒業し、お金を稼ぐようになって大人買いとかしました。
今は……
無料のマンガアプリで読んでいます。
今の漫画はとにかく背景が素晴らしい。
木々、建物、道路……どれもよく描かれている。
服の模様もひとつひとつ丁寧に描き込まれて感心する。
人物や心理描写もよく勉強されている。
日本の漫画もさることながら
韓国の漫画もとても良い。
韓国の漫画には、昔の日本漫画のにおいを感じる。
うまくあらわせないなあ。
要するに私は漫画を愛しているのです。
………。
止まらなくなりますのでこのへんで。
これからも、ずっと……
"The snake that cannot shed its skin must die"
ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉
直訳すると 脱皮できない蛇は死ぬ
常に変わらないと滅びてしまう
というような意味だという。
そうだろうか?
うーん、そういう場合もある。
むしろ、そういう場合は多いかもしれない。
だけど
例えば…紙漉きの職人さん。
現代の材料を使えば簡単に作れるけれど
千年後も残る仕事をしたいなら
鎌倉時代と同じ方法でやるしかないという。
変えない っていう覚悟はかっこいいと私は思う。
沈む夕日……
昨年の神在月に出雲へ行った。
縁結びのお願いである。
神様の会議にうちの息子が上がるとは思えないが
とりあえず作法に従いお参りしてきた。
稲佐の浜で砂をいただく。
引き波は見送る。
大きな寄せ波でガバっといく。
いただいた砂を八重垣神社(または出雲大社)に納め
代わりに神社の砂をいただく。
浜は夕日の名所ということもあり
私たちは夕日待ちをした。
山に住む人間にとって
海にとろけるようにおちてゆく太陽の美しさは
なんとも言いあらわせないものだ。
まだ太陽が高い空にあるうちから
バシパシ写真を撮りまくり
最終に写した写真は
今 私のスマホの待ち受けになっている。
さあて、息子のご縁はいかに?
神のみぞ知る。
星空の下で……
望遠鏡が欲しいと言ったら
夫がある日、望遠鏡の箱を抱えて帰ってきた。
パチンコの景品でもらったとか
すぐバレるようなウソをつきながら。
二人で頑張って設定したが
設定できないまま挫折して
望遠鏡は今も屋根裏部屋に眠っている。
望遠鏡で星を見たかった。
スマホなんてない時代で
設定も英語の説明書を見ながら四苦八苦したけど
今ならスマホの助けを借りて設定できるかもしれない。
またひとつやることができてしまった。
もう少し頑張って生きなくては。
それでいい……
子供の頃住んでいた家の近くに神社があり
境内の下の蟻地獄の巣に蟻を落とすのが
私のお気に入りの遊びだった。
死んだら自分が地獄に行くタイプだ。
その神社は春にお祭りがある。
国の無形民俗文化財の人形浄瑠璃を行うそのお祭りを
私はあまり好きではなかった。
他所のお祭りは屋台やお獅子が出て華やかなのに
なぜ人形浄瑠璃なんだろうと。
しかも演目は下ネタで
人形にやらすなよ みたいな。
昨日、神社の前を通ったらお祭りをしていた。
子どもが御神輿を担いで………
あれ?
いつから御神輿を出すようになったんだろう?
時代とともにお祭りも変わっていくということか。
人形たちは現在も下ネタを演じているのか?
それとも子どもが見ても大丈夫なお題に変わったのか?
御神輿が過ぎるのを待ちながら
昔と変わらぬ桜をながめていた。