『平穏の正体』
アスファルトの道路を歩くといつも、僕はなんて幸せな存在なんだろうか、と心の底から思う。
この場所に虎は存在しない。
アナコンダも居なければ、ワニも存在しない。
せいぜい居るのは、雀か鳩か猫くらいのものだ。
そして僕の右手には、人類の叡智スマホが握られている。左手には、そのスマホで購入した、焼鮭おにぎりとみかんゼリーが入ったレジ袋。
あぁ、僕はなんて幸せなのだろう。
生命の安全も、食料の確保も、耐え難き余暇の弾圧すらも、思いのまま。
あぁ、天上天下唯我独尊とは、あまりにもちっぽけな状況かもしれないが、おおよそ、こういう絶対的な支配感の元に生まれる感情に違いない。
だって、死なない。
だって、好きなものを食べられる。
だって、楽しい娯楽が無限に消費できる。
これが、幸福と呼ばずして、なんと呼ぶのだろう。
こんなにも理想的な環境はない。
だが、難しいのは、人である。
それでも僕は、答えを見つけたのだ。
コンビニから3分ほど歩き、家に到着する。
玄関扉を開けた瞬間に目に入ったのは、奥の方から慌てて出てくるのは、年老いた父親の姿だ。
父親の首には、犬の首輪が付けられている。
全裸で僕の機嫌を伺うように、父が見上げる。
僕は父にゆっくり近づくと
バチンッ!!と
その無様な頬を本気でぶっ叩いてやった。
父が頬を抑えて、痛みに悶えるように、口を塞ぐ。
「出てくるのが遅い。僕が家に入った時には、目の前にいろ。ただ声を出さなかったのは偉いよ。よくできたね。えらいえらい……おい、返事しろよゴミ」
「…………」
「返事」
「…………はい」
完全に心の折れた父の服従宣言に、僕は満足気な笑みを浮かべた。
そのまま父を軽く足で「1回で返事しろ」と小突いてから、2階の自室へと向かっていく。
あぁ、なんて平穏な心地なのだろう。
3年かけてじっくりと、丁寧に、洗脳した甲斐があった。
おかげで僕は今、毎日が幸せで楽しくて仕方がない。
平穏とは、すなわち支配だ。
命の安全を支配し、食の安定を支配し、脳への快楽も支配したように。
自分を苦しめる存在を全て支配した時、きっと。
人は真の平穏に至るのだろう。
「人は最後に、誰を愛するか」
貴方は自分と他人のどちらを愛していますか?
突然ですが、世界で起きる戦争を止めるためには、貴方が死ななければなりません。
貴方の意思も想いも、希望も願いも全てが消え失せて、苦しみの中で貴方は死ななければなりません。
ですが貴方が犠牲になれば、世界は平和になり、貴方の愛する人達は幸福で安全な世界の中で、笑顔を絶やさず生きていくことができます。
無論、貴方には「生きる」という、もう1つの選択肢があります。
自分の命を選べば、貴方の生存と平穏は確保され、毎日快適な部屋で好きな事だけをして、好きなものを食べる余生を送れます。
この世界でどれだけの惨劇が起きようとも、貴方の命には一切の関係がなくなる桃源郷へと、避難できるのです。
だが世界は壊れ、人々は殺し合い、貴方の愛する人達は、産まれることも後悔するほどに、残酷な苦しみの中で死んでいきます。
どちらを選んでもいい。
貴方が苦痛の中で死ねば世界は救われる
貴方が生きれば貴方は快楽の頂点で生きられるが、世界は地獄に沈み人々は死んでゆく。
さて、貴方は最後に、誰を愛しますか?