3/21/2024, 1:37:52 PM
「誰も、いなくなってしまったね」
濃藍は割れた窓から海を見下ろしてそう言った。
海風が当たる窓枠は、それ自体が潮の香りを纏っていそうなほど古び、朽ちていて、僕はそのささくれが彼の手を傷つけないかどうかの方が心配だった。柔らかくピアノを弾く彼の手が本当に好きだったから。
濃藍はちらともこちらを見ることなく、僕たちがいるこの灯台の上へと登る階段へ足を向けた。小気味良く足音を鳴らし、鼻歌を歌う濃藍はどこまでもご機嫌で。大好きなノクターンのフレーズを繰り返しながら、項垂れてその後ろをついて歩く僕のことなんて気にも止めていないようだった。真っ白な灯台の壁に光が指す。太陽が雲から顔を見せたらしい。濃藍の赤く染まる頬が鮮やかだ。灯台の最上階、海の見える展望台に背を向けて、濃藍はメンテナンス用の小さな部屋の前に立った。鉄製の扉は固く閉ざされている。首から下げた鍵をゆっくりと出して南京錠を解いた濃藍が、ぐ、と扉を押すと噎せるような死臭が辺りを包む。
「さぁ、紫紺、これで僕たちふたりぼっちだよ」
そこに横たわる僕の死体-濃藍が摘んできた花で包まれているが腐敗しているそれをもう自分ですら自分と認識できない-を優しく撫でて、血みどろの濃藍は嬉しそうに微笑んだ。
[3/21 二人ぼっち]