踊り子

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5/11/2024, 7:14:56 AM

ああ、起こしてしまいましたか?
すみません、櫂の音がぎいぎいと、うるさかったでしょうかねえ。
川底の石がごろごろと、どうにも邪魔で仕方がなくて。

戻りたい?それは無理な話です。
もらった1オボロス貨は一枚きり。

それともあなた、あなたも、もう一枚お持ちで?

そうでしょう。
これまで此岸に戻った者は、美しい蝶だけでした。
白い羽でひらひらと、黒い紋も鮮やかに、踊るように陽の差す先へ。

オボロス貨も羽もなく、どうして戻ることが出来ましょう。
故にあなたも、その他大勢、有象無象と変わりなく。
戻ることは叶わない。


“モンシロチョウ”

5/9/2024, 6:20:23 PM

音がする。
世界を濡らす慈雨の音ーーー外は雨。
音はただ柔らかに夜を埋め、私の落とす息が時々埋められた夜を掻き乱す。
優しい雨と絡みつく夜にうずもれて、このままここで微睡んでいたいと思うけど、やがてきらきらと弾む朝がやってくるのも知っている。
柔らかな夜も、もうすぐ浮かび上がる朝も、悪くないと思ってる。

教えてくれたのは明けの空。
夜も昼も知らず、息も出来ずにもがくばかりだった私に注がれた光を、見返したのはいつだったか。
重く絡みつく塵芥ばかりではなく、柔らかな、慈雨から成る温かな、その包むような静かな音も、ちゃんと世界にあるのだと。明けの空が教えてくれた。

払うような激しさではなく、ただそっと届けるような、それでも真っ直ぐな一条の光のようなそれでもって、夜も雨もやがてさやかに晴れるだろう。

今はまだ夜に揺蕩っていても。
確かに届いたあの瞳を、ずっとずっと憶えてる。

忘れない。

忘れられない…いつまでも。


“忘れられない、いつまでも。”

5/8/2024, 7:59:58 PM

少しずつ傾いていく。
誰に言っても解らないだろう。でも私は知っている。
ずっと、少しずつ、傾いていっていることを。

少しずつ傾いて、徐々にそこに近付いている。
其処か、底か、あの暗いところは遠いのか。
届くのは、届いてしまうのは、いつだろう。

明日。
明後日。
一週間後。
……一年後。

自分に区切りをつけて、それまで、息をひそめてそこに辿り着くのを待っている。
何もかも静かに染まる日を、待っている。


“一年後”