大切なもの
「“大切なもの”は、なんですか?」
そう聞かれれば、すぐには答えられない。
でも、よくよく考えてみれば、たくさん出てくる。
親友から貰った手紙。
保育園や小学校のアルバム。
誕生日に買ってもらったネックレス。
修学旅行で買ってきた、その場所ならではの物。
1つ1つが大切で捨てられない、捨てたくない物。
断捨離は必要だけど、“大切なもの”だから。
エイプリルフール
今日は、4月1日です。何の日でしょうか?
と、聞かれても俺は、答えられないかもしれない。
俺は、“エイプリルフール”に嘘をついたことがない。
ましてや、当日のSNSで気付くほど。
SNSでは、あらゆるアカウントや、
企業がその日のための、とっておきの嘘をつく。
今は、くすっと笑えるような、そんな嘘が望ましい。
その面では、羽目を外し過ぎないラインを
見つけられる良い機会だ。
さて、今日は“エイプリルフール”。
皆さん、嘘だと伝え損ねないようにして下さいね。
幸せに
俺は今、幸せだろうか。
笑って過ごしているけれど、幸せだろうか。
幸せの範囲内には、いるかもしれないけれど。
俺は、自分自身が幸せとは感じていない。
でも、家族は幸せかもしれない。
幸せと感じていないのは、俺だけなのかもしれない。
いつか、“幸せに”生きれることを願うばかりだ。
何気ないふり
また今日も、両親が喧嘩する。祖父母が喧嘩する。
“何気ないふり”をして今日も聞き流す。
こちらに敵意が向かないから、まだラッキーだ。
今日も今日とて、いとこの相手をする。
子供が嫌いなのに、“何気ないふり”をして遊ぶ。
あなたたちがみてくださいよ、親戚さん。
毎日、毎日“何気ないふり”。もう疲れたよ。
ハッピーエンド
エンド、それは終わりを意味する。
人の終わりは死である。
そうなると勿論、バッドエンドも存在する。
物語的には、バッドエンドは好まれない。
だが、世界でみればバッドエンドが多いだろう。
なら、せめて、美しくはなくとも。
俺の死には“ハッピーエンド”を。