そうそう、あのさ、そういえばね、思い出した。
別に大した話じゃないの、
私もうメニュー決めたから、
ほら、パフェでも選びながら聞いててよ
前に公園でね、
そうあの中央に大きい噴水がある公園なんだけど
あそこの噴水の前でギターの弾き語りしてる人がいたのよ
白いシャツのおじさんよ、ギター持って歌ってたの
たぶん自作の歌だとおもう
私、暇だったからぼーっと聞いてたんだけど、
なんかいい歌だなあっておもって、
しばらくその場から動けなかった
それだけ。
ね、本当に大した話じゃなかったでしょ?
ああ、このイチゴのパフェとか美味しそうじゃない?
耳鼻科でもらった花粉症の薬、新しい靴、
焼き鳥6本、それからボールペンの替芯
ちょっと遅れた誕生日プレゼントでバスボムを
全部入った大きなエコバッグを持って
これからお気に入りの珈琲屋さんへ
どれもこれも私の日常を助けてくれるもの
明日の朝を迎えるのがちょっと楽しくなるもの
問い合わせをするために
コールセンターに電話をかけているのに、
全然繋がらない。
コール音とともに静かな午後に取り残されていた。
ふと外を見ると、雨が降り出しそうな
真っ黒な雲が迫っていた。
遠くのアパートのベランダで、
急いで洗濯物をしまおうとしている人が見えた。
コール音はまだ続いていた。
あるとき、インターフォンが鳴ったので
出てみたら宇宙人が立っていた。
「こちらがお約束のものです。
絶対に幸せになれますよ、保証します。」
宇宙人は、小包を渡して帰っていった。
まさか宇宙人から宗教勧誘される日が来るとは、
と思いながら、とりあえず受け取ってみることにした。
小包を開けてみると、中には絵本が入っていた。
絵本は、見たことない丸い文字で書かかれたもので、
クレヨンのような、あたたかみのある色合いだった。
私はそっと文字をなぞってみた。
すると胸につっかえていた悲しみが、少しだけ消えた。
改札を出たら、春の陽気だった。
チューリップの花束を抱えた人が、
颯爽と通り過ぎていった。
そのとき、花びらの1枚がひらりと軽やかに落ちた。
取り残された鮮やかなピンク色の1枚が、
静かにこちらを見上げていた。