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◀◀【無垢】からの続きです◀◀
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―― すっかり時間を食っちゃったなあ ―― ようやく第二製造チームのおしゃべり好きたちから解放されたエルンストは急ぎ足で、出荷準備を完了させ荷受けのトラック待ち段階となった倉庫から事務所棟へと戻ってきた。三箇所ある入口のうち営業部の自分の島に近い河岸側の扉から入り、階段横の全面窓を通して見える対岸の工場群をきらびやかに照らす保安灯の美しいイルミネーションを愛でながらステップを上がっていく。
夜景鑑賞は残業時のちょっとした役得だ。アランはもうこの夜景のことは知っているだろうか。まだなら案内して一緒に眺めたい。気に入ってくれるといいな ―― 今や自覚した恋するときめきの世界にどっぷり浸るエルンストは、まだ完全な片想いではあるが、明日からその想い人と二人きりの旅へ出られるのだという甘酸っぱい幸せに囚われ、少々浮かれながらの軽い足取りでフロアまでを弾む気持ちで登り切った。すると時を同じくしてジャンルカの素っ頓狂な声が鼓膜にとどろき、やおら夢想を打ちやぶられ現実に舞い戻らされたエルンストは、思わず足を止め目をパチクリさせて事務所を見渡した。
「 ―― マヂっすか!?あのジュノーさんって、あのバルマーの、あのマーケのデーアナって!?……マヂっすかあ!?」
見れば営業島のとなりに据え置かれた大型フリーデスクを立ち机の高さに変え、そこへ予備のデスクトップパソコンを設置する作業を叔父のゲーアハルトとジャンルカ、アンナリーザの三人がアランの話題を口にしながら行っていた。ほかの居残り社員は三人の話に耳を傾けつつ自席で残業していたが、みなジャンルカと同じく驚いて手を止め、次なる言葉を待っていた。
―― あれ?アランが居ない……?父さんは叔父さんがアランを事務所へ案内したって言ってたけど ―― 話題になっている想い人の姿をエルンストはその中に探したが、なぜか不在のようで見当たらない。落胆と少々の不安を胸に、ふたたび足を動かしてエルンストは彼らのもとへ歩んで行く。すると今度は叔父の落ち着いた艶のある声が聞こえてきた。
「そう。なんとも心憎い偶然だろう?ドラマチックな物語のはじまりみたいだね。さてと……こっちはOKだ。ジャンルカ、アンナリーザ、君たちはどうだ?」
「はい、私も……ログイン画面まで立ち上げました。OKです」
「俺も完了……あ、おい、エル!」
作業を終えて顔を上げたジャンルカが、事務所に現れたエルンストに気付いて声を掛けた。
「専務から聞いてたまげてたところだよ。お前が連れてきたジュノーさん、バルマー本社の人なんだって?しかもウザいことばっか言ってくるマーケの所属って!信じらんねえ!」
両腕を大きく広げお手上げの仕草で肩をすくめる、彼お得意のジェスチャーだ。純粋に驚いているのか、それにかこつけてはしゃいでいるだけなのか ―― 風のようにマイペースな彼のことだから両方を楽しんでいるんだろうと、友人でもあるエルンストは微苦笑のみで彼の言葉に応じた。
「ほんとにそう、信じられない!あんな素敵な超イケメンがあんな残念な部署に配属されているなんて資源の無駄使い、もったいないにも程があるわ!」
アンナリーザもジャンルカに同調して彼女独自の判断基準で憤慨している。口を閉じて佇んでいればかなりのクールビューティーで仕事もテキパキとこなす彼女なのだが、実際のところは一風変わった言動の多い不思議な派遣社員である。
「まさか、俺たち営業部にくちばし突っ込んでくるマーケの人だっとはなあ……エルも恩人のジュノーさんの正体には驚いたろう?」
見積もり承認待ちの書類の山をいい肘掛けにしたシーゲレ係長が聞いてきた。エルンストはフリーデスクのすぐ前まで歩みを進め、向かいで優しく見つめる大好きな叔父と微笑みを交わしたあと、シーゲレの問いに率直に答えた。
「僕はアラン……ジュノーさんがバルマーの南の支社で、コンサルタント的な立場でワークショップの講師をされていた時にお会いしたことがあったんです。チーフを運んだ病院で恩人がその講師のジュノーさんだと分かり、偶然の再会に驚きました。なのでバルマーの人だとは知っていましたが、本社のマーケに異動されていたとはつゆ知らず、さっき現場で社長たちに自己紹介された時に初めて知ってまた驚いた次第です」
エルンストの言葉に専務以外の人間もまたまた驚いた。自席に戻っていたジャンルカが条件反射的に真っ先に口を出す。
「へ?南のワークショップって……二年ぐらい前か?お前が入社した直後に通った外部研修だったよな。たしかすげー入れ込みようで、ここ辞めてあっちに入社しちまうんじゃねーかって、みんなが割とマヂで心配してたぐらいの……で、その時の講師がジュノーさんだったってえ!?……マヂか!!」
「入れ込む」というくだりでは、全員がウンウンと異論を唱えることなくうなづいた。さっきのギュンターもそうだが、みんな記憶力良すぎだよと顔から火が出そうな気持ちを抑えながらエルンストは心の中でぼやく。けど ―― 思えばその頃から僕はアランに夢中だったんだな……自覚がなかっただけで。伯母さんにからかわれるわけだ、そんな軽い自嘲の苦笑いで肩をすくめながらそうだよと簡単に答える。するとアンナリーザが首を傾げて記憶をたどり、ポイと疑問を投げてきた。
「でもエル、その講師のこと褒めちぎって熱烈賛美してなかった?有能でいつもビシッとキメたスタイルで、とにかく目を瞠るようなとんでもないイケメンだって。ジュノーさん、たしかに超イケメンだけど、前髪や眼鏡で隠すようにしてるし、服装もシンプルというか、安っぽいというか……エルの言ってた素敵講師様のイメージとはちょっと違う感じなのよね」
ストレートの長いライトブラウンの自分の髪を指でもてあそびながら腑に落ちない視線をエルンストに向ける。ジャンルカも交ざってきた。
「そう!素顔見るまで俺にはイケメンってピンと来なかったんだけど、うっとおしい髪掻き上げたところを見て心底たまげちまった!」
ジャンルカの正直な言葉に他の男性陣も同意の相槌を打つと、男ってホント鈍感!とシーゲレ係長の島の営業事務の女子たちがクスクスと楽しげにからかいはやした。ちぇー、とむくれるジャンルカ以下の男子たちは決まり悪くも満更でもない苦笑いを浮かべ、みなで他愛もない軽口でじゃれ合うのだった。
いつも和やかでにこやかな事務所、威勢が良くてあっけらかんとした笑いの絶えない現場。最高に居心地の良い自慢の職場と仲間たち。エルンストも束の間みなと笑い合ったあと、アンナリーザの疑問にそうなんだ、と気に掛かっていたことを口にした。
「僕もはじめはアラン……ジュノーさんとは気付かなかったんだ。講師のときのちゃんとした身なりで、どこから見ても超イケメンモデルにしか思えないほどの麗しい見た目の記憶しかなかったから、今の……ちょっと野暮ったいかな?って感じのジュノーさんとは結びつかなくて。ひょんなきっかけでやっと彼だと分かったぐらい、変わり果てた姿になっていたから不思議でさ……もしかして休暇でオフの時はトコトン手を抜いて、仕事でオンの時とは真逆のあんなふうな格好でいるのかなとも思ったんだけど、どうなんだろう?」
久しぶりの再会だったのだから、食事の時にもっと詳しく近況を聞いておけばよかったと今更ながらに思いつつ告げると、どこからか立ち机用の椅子を運んできたゲーアハルトが甥の見解へ愉快そうに意見を述べた。
「ハハ、エル。あの鳥の巣のような野放図なジュノーさんの髪型は、私が彼に初めて本社で出会った時から変わっていないよ。それに櫛やドライヤー程度のお手入れでイケメンになるのは、彼ほどでもちょっと難しいんじゃないのかな」
フリーデスクの片隅まで椅子を運び置いて位置の微調整をし、よし、これで準備完了 ―― と呟くとクスリと微笑んで語を継いだ。
「私も一度見てみたかったね、どこから見ても超イケメンモデルにしか思えないという、南にいたときの本来の彼を」
そう言ってゲーアハルトはフロア北側の際に配置された自席へと戻っていった。社長に次ぐ最高役職である彼のその席は広い事務所全体が見渡せる眺めのいい場所となっており、背後は吹き抜け通路を隔てて社長室が鎮座するという位置関係となっている。エルンストは離れ行く叔父を目で追いながら声を掛けた。
「 ―― そうだった、叔父さ……いや専務は、本社のジュノーさんを会議の時でご存知なんでしたね。ということは……ジュノーさんが変わってしまわれたのは、本社へ異動してからということになりますか。 ―― なにがあったんでしょう、ジュノーさんに……」
ゲーアハルトは甥が投げてきた疑問を背で聞きながら自席へ到り、肘掛け椅子に優美な姿勢で腰を下ろしながら口を開いた。
「さてと……パソコンの準備も完了してちょうどエルも揃ったことだし、中断したジュノーさんの説明の続きをしようか」
スリープ状態だった自席のパソコンを立ち上げ、再ログインのキーを打ち込むとみなの方へチラリとだけ顔を向けた。いかにも彼らしい、複雑怪奇な状況をこよなく楽しんでいながらも、上品に取り澄ました猫のような悪戯紳士の面持ちで。しかしそれは一瞬のことですぐに真面目な仕事の顔になるとパソコン画面へ視線を戻し、操作するかたわらできびきびと話し続けた。
「彼になにがあって現在の姿に至ったのかは、本社のある筋から聞いたことがあるだけで私も詳しくは知らない。だからその話は後まわしだ。補足として簡単に話すことにして、まづは休暇中の彼がなぜこの事務所まで立ち寄られたのか、その理由をジュノーさんに代わって私が説明するよう託されたから、ご拝聴よろしく頼むよ、諸君。実は―― 」
軽妙に打ち鳴らすキーボードのタイピング音をBGMにして、要領よく語るゲーアハルトの名調子に、みないつしか専務のデスク周りまでにじり寄って口を挟むことなく静かに聞き入った。補足として語られた、ことのあらましの背景にひそむ本社のドロドロした闇の片鱗にまで話が及ぶと、純朴で人の良い彼らは思わずアランの苦境を思い遣り、憐憫の情を掻き立てられて愁眉を寄せるのだった。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶
【もう一つの物語】
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【暗がりの中で】
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【紅茶の香り】
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見紛うことのない悪しき数字の配列、電波による忌まわしきものの訪れを告げる呪われたサイン ―― スマートフォンの画面で禍々しく点滅を繰り返すそれをしばらく無表情で身動きもせず眺めていたアランだったが、20コール目に達したところでようやく気怠げに指を動かし、しつこく鳴り響いていた手の中の電子端末機器を沈黙させると物憂い表情で悩ましい溜息を小さく吐いた。途端にあたりはシンと静まりかえり、先ほどまでワイワイしていた脳裡の記憶に違和感を覚えてスマートフォンから顔を上げると、なんのことはない。忍んでいたつもりの不機嫌が目にもあらわなアランにただならぬ雰囲気をさとったのか、まわりで息を潜めるように残業社員たちがなりゆきを伺っていたのだった。
ああいけない、本社の愚劣な問題に善良な子会社の人たちを巻き込んでは、彼らの素朴で清らかな魂を穢してしまう ―― 心の中で慌てながらも何事も無かったようににこやかな風情を取り繕い、それでもって失礼のないよう改まった態度で、アランは愛すべき社員たちへ弁解のために口を開いた。
「申し訳ありません、みなさん ―― 僕自身の口から事情を説明して、快くみなさんのご了承を頂きたかったのですが、どうやら時間的に事態が差し迫ってきたようで ―― 僕ではなく先ほどの電話の相手による一方的な都合なのですが ―― 残念ながら叶わなくなってしまいました。不本意ながら至急先方と一度連絡を取らねばならず、僕は少々この場を中座させて頂きたいと思います。なので ―― 」
社員たちは何が何やら、今ひとつ分からぬながらも神妙にアランの言葉を聞き入ってくれていた。その仔羊のような彼らの従順さは、取締役のお高くとまった取り巻き連中を見続けてきたアランにはまるで無垢でいたいけな天使のように見え、思わず胸がキュンとするのを感じながら語の先を継いだ。
「 ―― なのでそのあいだ恐縮なのですが……ヴィルケ専務 ―― 」
結局彼にお願いすることになったか ―― 己の不手際なヘマに若干凹んだ口調でアランは、背後へ庇ってくれた名残ですぐ目の前に佇んでいるゲーアハルトの背に声を掛けた。
呼ばれた彼はおもむろに横半身を振り向かせ助けを乞うような眼差しで見上げるアランに顔を向けると、憂いを払い消してくれるような落ち着いた物腰で万事承知という穏やかな笑みを浮かべて見せた。そして、
「構いません、ジュノーさん。説明は私に任せてどうぞお電話してきて下さい。戻られたときはすぐに始められるように整えておきますから、ご心配は無用ですよ」と、アランが言わんとした頼みを聞かずもがなで請け負い、事も無げに悠然とした気概でエレガントに答えてくれた。
一を聞けば十まで察して動いてくれる ―― 会議の時でもさり気ないフォローやサポートで出席者全員への気配りを忘れない、イダ・スティール・プロダクツの賢人専務、ゲーアハルト・ヴィルケ。マーケティング会議が上辺だけでも泥沼の殺伐とした吊し上げの狩場とならないのは、縁の下で手腕を振るう彼の平和的貢献によるところが少なくないのだ。エルンストの頼もしいところはきっとこのハンサムな叔父さんのこんなところに似ているんだろうな ―― 同じ水色の瞳にひよこ頭の相棒を思い出しながら、アランはゲーアハルトの常と変わらぬ厚意に感謝の笑みでうなづいた。
「ありがとうございます、あなたには本当に助けてもらってばかりで痛み入ります。今回もご面倒ですが、どうかよろしくお願い致します」
右手を差し出しそう告げてゲーアハルトと軽く握手を交わすと、
「我々は偉大な取締役に忠誠を誓う高潔の同志なのですから、面倒などと厭わずに助け合うのは当然のことです。なのでこれは高くつけませんからご安心を。ではご健闘を、ジュノーさん。準備してお待ちしています」
アランの二の腕を優しく叩き、白々しくもホッとするジョークと悪戯なウインクを添えて朗らかに送り出してくれた。お返しにアランもわざとらしく驚いた面持ちで、
「おや、突然取締役の名を出されるなんて、読心術の達人かなにかですか、ヴィルケさん?実はさっきの電話の相手がなんと偉大なる取締役からでして。いやーお恥ずかしいことに、彼の番号が目に入るやあまりにも畏れ多くて手が震え、思わず操作を間違えて切ってしまいました。ハハ、参ったまいった」
慇懃無礼な棒読みのとぼけたジョークを飛ばし、ふたたび互いに屈託なく笑い合った。社員一同はアランと専務との傍輩仲間のような遣り取りを不思議な顔で眺めるばかり。ひとしきり笑ったあと、アランは愉快に苦笑いをこぼしながら、
「うまくやり込めて、なるべくすぐ戻って参ります」
そう言って、状況を呑み込めず呆然と見送る残業社員一同と、先ほどまで笑い合った朗らかな態度から打って変わった心配気な眼差しで見送る専務に手を振って、ストレスの元凶である相手への電話を掛け直すために気の進まぬ足取りで事務所の吹き抜け階段を降りていった。
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶