Seaside cafe with cloudy sky

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【無垢】← change order 【愛言葉】

◀◀【子供のように】からの続きです◀◀

⚠⚠ BL警告、BL警告。誤讀危機囘避ノタメ、各〻自己判斷ニテ下記本文すくろーるヲ願フ。以上、警告終ハリ。 ⚠⚠




















見紛うことのない悪しき数字の配列、電波による忌まわしきものの訪れを告げる呪われたサイン ―― スマートフォンの画面で禍々しく点滅を繰り返すそれをしばらく無表情で身動きもせず眺めていたアランだったが、20コール目に達したところでようやく気怠げに指を動かし、しつこく鳴り響いていた手の中の電子端末機器を沈黙させると物憂い表情で悩ましい溜息を小さく吐いた。途端にあたりはシンと静まりかえり、先ほどまでワイワイしていた脳裡の記憶に違和感を覚えてスマートフォンから顔を上げると、なんのことはない。忍んでいたつもりの不機嫌が目にもあらわなアランにただならぬ雰囲気をさとったのか、まわりで息を潜めるように残業社員たちがなりゆきを伺っていたのだった。
ああいけない、本社の愚劣な問題に善良な子会社の人たちを巻き込んでは、彼らの素朴で清らかな魂を穢してしまう ―― 心の中で慌てながらも何事も無かったようににこやかな風情を取り繕い、それでもって失礼のないよう改まった態度で、アランは愛すべき社員たちへ弁解のために口を開いた。
「申し訳ありません、みなさん ―― 僕自身の口から事情を説明して、快くみなさんのご了承を頂きたかったのですが、どうやら時間的に事態が差し迫ってきたようで ―― 僕ではなく先ほどの電話の相手による一方的な都合なのですが ―― 残念ながら叶わなくなってしまいました。不本意ながら至急先方と一度連絡を取らねばならず、僕は少々この場を中座させて頂きたいと思います。なので ―― 」
社員たちは何が何やら、今ひとつ分からぬながらも神妙にアランの言葉を聞き入ってくれていた。その仔羊のような彼らの従順さは、取締役のお高くとまった取り巻き連中を見続けてきたアランにはまるで無垢でいたいけな天使のように見え、思わず胸がキュンとするのを感じながら語の先を継いだ。
「 ―― なのでそのあいだ恐縮なのですが……ヴィルケ専務 ―― 」
結局彼にお願いすることになったか ―― 己の不手際なヘマに若干凹んだ口調でアランは、背後へ庇ってくれた名残ですぐ目の前に佇んでいるゲーアハルトの背に声を掛けた。
呼ばれた彼はおもむろに横半身を振り向かせ助けを乞うような眼差しで見上げるアランに顔を向けると、憂いを払い消してくれるような落ち着いた物腰で万事承知という穏やかな笑みを浮かべて見せた。そして、
「構いません、ジュノーさん。説明は私に任せてどうぞお電話してきて下さい。戻られたときはすぐに始められるように整えておきますから、ご心配は無用ですよ」と、アランが言わんとした頼みを聞かずもがなで請け負い、事も無げに悠然とした気概でエレガントに答えてくれた。
一を聞けば十まで察して動いてくれる ―― 会議の時でもさり気ないフォローやサポートで出席者全員への気配りを忘れない、イダ・スティール・プロダクツの賢人専務、ゲーアハルト・ヴィルケ。マーケティング会議が上辺だけでも泥沼の殺伐とした吊し上げの狩場とならないのは、縁の下で手腕を振るう彼の平和的貢献によるところが少なくないのだ。エルンストの頼もしいところはきっとこのハンサムな叔父さんのこんなところに似ているんだろうな ―― 同じ水色の瞳にひよこ頭の相棒を思い出しながら、アランはゲーアハルトの常と変わらぬ厚意に感謝の笑みでうなづいた。
「ありがとうございます、あなたには本当に助けてもらってばかりで痛み入ります。今回もご面倒ですが、どうかよろしくお願い致します」
右手を差し出しそう告げてゲーアハルトと軽く握手を交わすと、
「我々は偉大な取締役に忠誠を誓う高潔の同志なのですから、面倒などと厭わずに助け合うのは当然のことです。なのでこれは高くつけませんからご安心を。ではご健闘を、ジュノーさん。準備してお待ちしています」
アランの二の腕を優しく叩き、白々しくもホッとするジョークと悪戯なウインクを添えて朗らかに送り出してくれた。お返しにアランもわざとらしく驚いた面持ちで、
「おや、突然取締役の名を出されるなんて、読心術の達人かなにかですか、ヴィルケさん?実はさっきの電話の相手がなんと偉大なる取締役からでして。いやーお恥ずかしいことに、彼の番号が目に入るやあまりにも畏れ多くて手が震え、思わず操作を間違えて切ってしまいました。ハハ、参ったまいった」
慇懃無礼な棒読みのとぼけたジョークを飛ばし、ふたたび互いに屈託なく笑い合った。社員一同はアランと専務との傍輩仲間のような遣り取りを不思議な顔で眺めるばかり。ひとしきり笑ったあと、アランは愉快に苦笑いをこぼしながら、
「うまくやり込めて、なるべくすぐ戻って参ります」
そう言って、状況を呑み込めず呆然と見送る残業社員一同と、先ほどまで笑い合った朗らかな態度から打って変わった心配気な眼差しで見送る専務に手を振って、ストレスの元凶である相手への電話を掛け直すために気の進まぬ足取りで事務所の吹き抜け階段を降りていった。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

10/26/2024, 11:22:11 AM