Seaside cafe with cloudy sky

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9/8/2024, 10:04:57 AM

【胸の鼓動】

◀◀【きらめき】からの続きです◀◀

⚠⚠ 警告。此ノ囘ヨリBL展開ニ至レリ。誤讀危機囘避ノタメ、各〻自己判斷ニテ下記本文すくろーるヲ願フ。以上、警告終ハリ。 ⚠⚠





















食事を再開してメインディッシュに取り掛かる。程よく冷めて味わい深くなったボリューム満点のビステッカ。下に敷き詰めてあった付け合せのキノコのアーリオオーリオは肉汁がたっぷりと染み込んでいて、これもまた絶品。美味しさに勢いづいて半分ほど平らげ、小休止にふたたびワインをかたむけながらゆったりとした心地で二人は会話中心にくつろぎ、エルンストが気になっていたことを口にした。
「ところでアラン……旅行中なんですよね。どういった旅なんですか?」
「ああ、特にあてのない旅さ。昨日ふいに思い立って休暇をむしり取ってね。気の向くまま車を走らせて、のんびり愉快に過ごせられればいいなと思ってたんだけど。道の途中で強引に引き止めてきた誰かさんのおかげで、波瀾に富んだ旅の幕開けとなったよ」
戯れがちな上目づかいでじゃれるように皮肉を言うアランの、どこか色気のある表情に思わず胸の鼓動が跳ね上がる。ワインのほろ酔いも加わって、エルンストは顔が赤らむのを自覚しながらうなだれ気味になって恐縮した。
「……それじゃ、今日が第一日目だったんですね……そうとは知らず……申し訳ないです」
なんだか小さくなっていくようなエルンストが愛らしくて自然と浮かんだ笑みが深くなる。誠実でまじめ、初々しい若者。気の利かせ方も悪くなく、なかなかの多才。良い人材を見つけた、この縁は大事にしなければ。
「感謝したつもりだったんだけど」
深めた笑みのまま悪びれることなく、アランはワイングラスをエルンストへ軽く掲げた。
「君という楽しい人物との劇的な再会、素敵な場所での満足いく最高の食事。こんな愉快な旅のはじまりはちょっとないよ。まさしく君のおかげだエルンスト、今ここでちゃんとお礼を言っておかなきゃいけないな。ありがとう」
アランに率直な感謝の言葉を告げられ、しょんぼりしていたエルンストの顔に喜悦の光が晴れやかにあらわれる。が、なぜかまたみるみるしぼんでいき、ガックリとへたばってしまうように椅子へ沈みこんで、片側の肘掛けに寄り掛かかりかろうじて姿勢を支えるといった、より悲愴な観を呈していった。その様変わりに驚いてアランは掲げたワイングラスをテーブルに置き、急激に元気をなくしたエルンストを慎重に気遣う。もしかして疲労限界にきた前兆だろうか?連日のオーバーワークの後に気を緩ませると危ないと聞く、ストレスを与えないようにゆっくりと抑えた声音で声をかけた。
「 ―― どうしたんだエルンスト?なんだかつらそうだ、気分が良くないのかい?どこかで横になって休ませて……」
「……いえ ―― 大丈夫です、そんなんじゃ……ないんです……」
アランの言葉にエルンストが絞りだした声を被せた。話しかけるのをやめてアランは黙って見守り、エルンストの言葉の先を神妙に待つ。
「……ごめんなさい、心配させてしまって……その……」
いったいどうしたんだろう?片手で胸元を押さえてなんとも切なげに眉根をひそめている。二人の沈黙に店内を流れるロマンティックなBGMがいたづらに耳を打った。
「その……あらたまった感謝の言葉を聞いて……ああ、食事が終わったら、あなたはまた旅に出て……もうお別れしなければいけないんだなと思うと…………苦しくなって……」
そこで言葉を切り、淡い金色の濃く長い睫毛を半ば伏せて項垂れた。哀愁ただよう佇まいにあつらえたような情感あふれるBGMが響きわたる中、またもや予期せぬ想定以上のエルンストの超越した言動にアランは絶句し、しばしポカンと思考停止状態に陥ってしまったのだった。
―― とにかく…… ―― そう時を置かずになんとか立ち直ると、アランは落ち着いて状況を把握する。エルンストは体調が悪化したわけじゃなかった、と分かり胸をなでおろしたが、自分との別れに際して、そこまで悲嘆に暮れるなんて ―― と仰天させられることひとしおだった。――……なんというか……今どきめずらしい、人情味が深くて情熱的な子なんだろう ―― 病院でのハグもそうだったし。そう結論に至って脱力したアランだった。
それにしても ―― またもしてやられたか、エルンストに ―― 急におかしさが込み上がった。クスリと笑ってワイングラスを手に取り、一口味わって気を取り直すとアランはエルンストに向かって口を開いた。頭の片隅で考えていたことを実行するちょうどいい機会だ、僕もすこし脅かしてやれ ――
「エルンスト……君、本当に僕をドキリとさせる天才だね。まさか別れのことなんかで苦しんで、大袈裟にしんみりし過ぎだよ。あまり自分勝手に感傷的になられると、僕としては非常に困るんだけどな」
突き放すような冷めた口調でのセリフ。言葉どおりそのまま受け取れば、人でなしの薄情野郎と頭にくるだろう。エルンストはどういったものか、打ち拉がれた顔を上げ、悲しげに見開いた水色の双眸を言葉もなくアランにひたむけた。少しおふざけの度が過ぎたかな……微かな罪の意識を覚えながらもドライを装った調子を変えずに続ける。
「僕はまだこのあとも君と別れるつもりはこれっぽっちも無かったんだ。そのことで話し合いたいことがあったのに、言い出しづらくしてくれてまったくひどいよ。ああもしかしてエルンスト、言葉とは裏腹に、本音は僕とはさっさとおさらばしたいからあんなことを言ったのかい?」
突然ガタンと勢いよくエルンストが席から立ち上がった。瞳はアランに向けられたままだが、悲しみの翳りは消え戸惑いと喜びと期待が入り混ざった面持ちでテーブルに手を据え、やや屈みがちに身を乗り出してアランに問うた。
「 ―― 僕の本音はご想像にお任せします。あなたなら正しくお見通しでしょうから……でも……どういうことでしょう?僕と……まだ……?」
この体勢ではしゃべりにくいな、苦笑いをにじませてアランも立ち上がるとエルンストの傍らに立った。エルンストもアランに向き直り相対する。面と向かってまじめな話をするときのクセ、前髪を掻き上げ、ほんの少し背の高い彼を見上げてアランは説明した。
「この先、君なしで旅を続けられる自信が無くなってね。だって初っぱなからいきなり君に刺激的な思いをさせられてしまったんだ、もう平穏無事で退屈なだけの、いつもと大して変わらない不毛な時間を一人旅で過ごすことにはなんの魅力も感じなくなった。じゃあ残された休暇をどう使おう?そんな自問に思い巡らせたら、我ながら良いアイディアが閃いてね。食事が終わったら君に打診しようと思っていたんだけど……」そこでいったん停止。次に控える大事な取引の誘い文句のために軽く息をつく。かたや息を呑んでアランを見据えるエルンスト、さあどんな答えが返ってくるだろう?楽しみに待ち構えて右手を差し出し言い添える。
「エルンスト・ヴィルケくん、ぜひ君を僕の一週間の旅の相棒に雇用したい。報酬ははずむつもりだよ、どうかな?」
言い終わると同時になんの前触れもなくまたハグされた。今度はかなり激しいかも、不覚にもよろめいてしまった。
「 ―― ヴィルケくん、このハグは、契約に応じるという握手の代わりと解釈していいのかな?まだ報酬や他の細かい条件の話をしていないけれど……」
「報酬なんて要りません、条件だってなんだって呑みます。アラン……ジュノーさん、あなたについて行きます」
即答だった。取引成立。企業同士での他の交渉も毎回こうだったら良いのに ―― などと思いつつ、なんだかお互いプロポーズみたいなやりとりだったなとアランが一人のんきにクスクス笑い彼の背を抱き返すと、二人分のエスプレッソが乗ったトレンチを持って呆然とこちらを見て立ち尽くしているクラーラ ―― エルンストの伯母さんと目が合った。とりあえず手を振って挨拶する。
「もう終わったと思って食後のエスプレッソを持ってきたのに……まだ食べ終わってないの、あんた達!」
その一喝にエルンストは我に返り、泡を食ったようにアランの首に回していた両腕を外してハグを解き、真っ赤にした顔で伯母を振り返り言い訳する。
「あの、伯母さん、これはその……」
「いちゃついてないで、いいから早く食事を終わらせなさい!残したら二度とスペシャルランチもディナーも無しだからね!」
テーブルの空いてるスペースにエスプレッソを置き、そう叱って甥の尻を手で打擲するとまた出ていった。アランは口元と腹をそれぞれ両手で押さえて笑いをこらえながら笑っている。エルンストは打たれた尻をさすりつつ嵐が去っていった方を恨めしげに一瞥すると、アランへ向き直ってポツリと告げた。
「食事……終わらせてしまいましょうか……」
「ああ、これ以上なく賢明な意見だ、エルンスト。あの有能なシェフに嫌われたくないからね」
二人うなづき合って席につくと、笑い合いながら大急ぎでテーブルの上の美味なるものを一口も残さず片付け終えた。そして伯母さんにご挨拶をと名残惜しくも席を立ち、彼女がいるであろう厨房へ連れ立って向かった。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

9/7/2024, 11:07:21 AM

【踊るように】

coming soon !

9/6/2024, 12:56:55 PM

【時を告げる】

coming soon !

9/5/2024, 3:02:58 PM

【貝殻】

coming soon !

9/4/2024, 12:30:20 PM

【きらめき】

◀◀【些細なことでも】からの続きです◀◀

手のキスのあと、席からほんの少し離れたところでアランと伯母さんが楽しく立ち話を始めていた。エルンストはそんな二人にかまう心の余裕もなく、内なる心の激しい葛藤にグルグルまわる頭を、テーブルに肘をついた片方の手で抱えていた。憧れ、尊敬、理想の人 ―― 初めてアランと出会ってから、彼のことは自分の中でずっとそう位置づけてきた。オリエンテーションが終わって離れてしまってもアランのことが忘れがたくて、よく伯母さん相手に彼の素晴らしさ、イケメン振り、有能さを語り、大いに薫陶を受けた不滅の一週間の思い出に浸ってはアランの面影を偲んでいた。しかし伯母さんは真面目に聞き役になってくれてはいたものの、いつもアランのことを「あんたの想い人」や「愛しの彼」だの「運命のお相手」などと茶化し続け、エルンストは心が折れそうになりながらも伯母さんの意地の悪いジョークだとして軽くやり過ごしていた。そう、ジョーク……だと思っていたんだけど……再会した本人を前にして気付いた不思議な感情のせいで、簡単にジョークと切り捨てられなくなってしまった。もしかして伯母さんは僕の無意識からくる挙措や口調の微妙なニュアンスとかで深層心理を読み、自分でも気付かなかった心の真実を言い当てていたんだろうか……そんなバカな ―― でも女性は鋭いからなあ……
―― いや、まだ分からない。エルンストは抱えている頭ごと小さくふるふると首を横に振った。だって二年ぶりに思いもよらず再会したばかりなんだ、感情が昂ぶりすぎて混乱した神経が、さっきの独占欲というか、嫉妬のような思いを気の迷い的に惹き起こしただけかも知れない。きっとそう、だってアランは同じ男性なんだし……今度は心の澱を吐き出すように深くため息をついた。男性相手で思い出す、カフェでバイトしていたときのヤな記憶。結構なトラウマにもなった思い出だった。あの経験で自分は同性は無理だと身をもって知らされた。だからいくら魅力的なアランに好意を持っても、想い人だなんていう恋愛感情にまでは発展しないと思うんだけど ――

「これはすまない、エルンスト。待たせてしまったね、食事の続きに戻ろうか」
鬱々とした思考が一瞬で掻き消えた。少し鼻にかかった甘みのある声、柔らかな話しぶり。顔を上げ声の方へ視線を巡らすと伯母さんはいつの間にかいなくなっていた。置きっぱなしにしていたトレンチや他の食器類と一緒に奥へ引っ込んだらしい。アランだけが一人、窓から差し込む黄昏前の琥珀色のきらめきに包まれて優しく微笑み立っていた。
「思わず話がはずんでしまった。とても仲良しなんだね、君たちって」
さっき掻き上げたせいか、前髪がほどよく掻き分けられてイケメン顔がよく見えるようになっている。光がいたづらにアランの全身へ幻想的な陰影を纏わせ、エルンストは瞬きも忘れてまぼろしのように美しい彼が向かいの席に着くのを見ていた。
「君のことをたくさん聞いたよ。それから、かわいい甥をよろしくってお願いされて」
テーブルに肘をついて身を乗り出し、顔を寄せウインクを飛ばして語を継ぐ。
「頼まれるまでもないことですって快諾しておいたよ。もちろん君も、この契約には異論ないだろう?」
美しい光の中で茶目っ気たっぷりに振る舞うアランの姿がとどめの一撃だった。ストンと自分の胸の中に、ある感情が落ちてきたのだ。全身が締めつけられて熱を帯び、悲しさと幸せがごちゃ混ぜになって甘い陶酔感に麻痺していく――そんな厄介な感情が。今まであーでもない、こーでもないと懊悩し逡巡して抵抗していたエルンストだったが、その感情に支配されてしまっては観念して受け入れざるを得ず、開き直ってついに認めることを決断したのだった。
彼はいま真実、自分の想い人になったのだという現実を。

▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶

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