【目が覚めるまでにつまらないことでも】
coming soon !
【病室】
◀◀【澄んだ瞳】からの続きです◀◀
―― 僕を……知っている ……?
どういうこと?思い掛けないヴィルケの言葉に目を丸くし、返す言葉が思いつかずアランは目の前の青年をただ茫然と見つめ返すだけだった。しばしの沈黙。なにか言おうとヴィルケが口を動かしかけたその時、見計らったかのようにCT検査室のドアが開いてドクターが顔を出した。
「ジュノーさん、患者の検査結果が出ました、どうぞ中へ」
「 ―― ああ、わかりました。ヴィルケくん、行こう」
ポカンと見つめあったままだったアランとヴィルケはそれを潮に我に返り、マルテッロのいる検査室の中へと連れ立って移動した。
「ホッとしたよ、最悪の事態に至ってなくて」
ドクターの説明を受けたあと、今度は入院準備のための控えの病室に移り、ストレッチャーの上で眠り続けるマルテッロを視界に入れながら、二人は壁際に据え置かれたロビーチェアに腰をおろして一息ついていた。
検査の結果、マルテッロの脳動脈に小さな瘤が見つかった。それが倒れた原因で、放置しておけばかなり危険な病根であったが、このたびの早期発見により、ちょっとした手術をしてしばらく入院すれば回復すると言うことであった。
「本当に……感謝してもし尽くせません、ア……いや、ジュノーさん。あなたのおかげです。あなたが助けてくれたから……」
マルテッロが回復するとわかり、張りつめていた心の糸が緩んだのだろう。壁に頭を凭れさせたややしどけない仕草でアランに顔を向け、弱々しい微笑みを浮かべてヴィルケは礼を述べる。
「異議あり。最大功労者は君だと思うな。倒れた彼の処置を後回しにせず、なりふりかまわず偶然通りがかった僕を捕まえて、迅速に病院へ運び込ませたからだよ。そしてその間にちゃっかり納品もこなしてきたんだから、君、かなりしたたか者だね。ただの若手グレーカラーとは思えないよ」
しおらしいヴィルケとは対照的にアランは意地悪な笑みでやり返した。途端にヴィルケは、また耳まで真っ赤になって姿勢を正し、哀れなほどうろたえてアランに弁明しようとする。
「そんな!……、ジュノーさん、僕は決して、あなたを都合よく利用したわけではなく……」
「冗談だよ、ヴィルケくん」
必死に申し開くヴィルケをクスクス笑ってなだめながらスマートフォンを取り出したアランは、ケースポケットに挟んでいた彼の名刺を手にしてしげしげと眺めたあと、ヴィルケに視線を変えて訊いた。
「イダ・スティール・プロダクツの従業員……ということは……何年か前に僕のワークショップに参加してくれた人かな?それで僕のことを知っていたのかい?」
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶
【明日、もし晴れたら】
coming soon !
【だから、一人でいたい。明日、もし晴れたら】
coming soon !
【澄んだ瞳】
◀◀【これまでずっと】からの続きです◀◀
それから数時間後 ―― アランは大きな総合病院の緊急外来の待合室で検査結果を待っていた。運び込んだ病人 ―― マルテッロという名の男は先ほどようやくCT検査を終えたばかりで、いまだ意識がはっきりしない状態だ。覗き窓から力なく横たわるマルテッロの様子を静かに眺めていると、バタバタと駆け足でこちらへ近づいてくる足音が耳に届いた。そちらに目をやれば、思った通りの人物だった。
「ヴィルケくん、こっちだ」
待合室の手前まで来て立ち止まり、キョロキョロと辺りを見渡すひよこ頭に手を挙げて呼びかける。別れ際にお互い名のり合って名刺をもらい、彼の名前を知った。エルンスト・ヴィルケ。呼ばれたひよこ頭はアランを見つけるやいなや傍らへと、また駆け足で急いでやって来た。元気な若者だなあ。
「ア ―― や、ジュノー、さん。遅くなってしまって……すみません」
並ぶとアランよりも少し目線が高い。色素の薄い髪と同じく透明感のある水色の澄んだ瞳を翳らせて、真摯な面持ちで詫びる彼には自然と好感が湧いてくる。
「僕のメッセージを見て飛んできたみたいだね。かなり早い到着だったよ、もう一時間くらいはかかると予想していたのに」
まさか納品をほっぽり出してきたんじゃないだろうね?ヴィルケの生真面目な態度をほぐそうと、冗談めかした言葉で続けた。そんなアランの気遣いがどうやら相手に通じたようで、はにかんだ笑みを浮かべたヴィルケは作業着の胸ポケットからサイン済みの受領書を取り出して見せてくれた。
「やあ、これはお見事。アクシデントの中で立派にやり遂げたね、ブラボー!」
無事任務完了のなによりの証を目にし、アランはねぎらいの笑みをたたえてヴィルケの二の腕に優しく触れ、健気に健闘した彼を慰撫した。するとヴィルケは真っ赤な顔で息を呑み、穴が空いてしまうほど強くアランを凝視したまま、込み上げてきた気持ちが口から溢れ出すがごとくにこう告げたのだった。
「―― アラン……ジュノーさん、僕……あなたを、知っています!」
▶▶またどこかのお題へ続く予定です▶▶