バレンタイン前夜、
チョコレートが並ぶ棚には脇目も振らず、地下の生鮮売り場へと向かう。
うちの彼氏はチョコレートが苦手だ。
苦手というか食べられない。
出会ったばかりの頃、「2月が憂鬱」とぼやく理由をあまりよく分かっていなかった。
チョコレートが食べられないということをちゃんと知ったのは、去年のバレンタイン直前だった。
いや、マジで焦った。
用意していたチョコレートは自分で食べればいいが、チョコレートの代わりって何?
何も思いつかないまま、気がついたら、いつも使っているスーパーの生鮮売り場に立っていた。
「今年のバレンタイン、赤いタコはいかがですか?」
いやいや、バレンタインにタコってどうなのよ!
繰り返しタコをアピールしている音声に向かって、思わずツッコミを入れていた。
でも最終的にそのタコを使ってカルパッチョを作った。
これが、意外とウケた。
そして、今年のバレンタイン。
いろいろと考え抜いた結果、いつもの生鮮売り場へとやってきた。
「今年のバレンタイン、明太子なんていかがですか?」
赤い食べ物なら何でもいいのかいっ!
半ば呆れながらも、明太子をしっかりと選んで、そっとカゴに入れた。
明太子パスタを作ってあげよう。
あとは、この値段にしては美味しいと噂のコンビニの赤ワインも買っていこう。
【バレンタイン】
待ってあげてもいいかな、
出かける準備は出来ているから。
「『ちょっと待ってて』とそなたは申したか?」
「そ、そなた?」
「その『ちょっと』とはいかほどであろうぞ?」
「ぞ?えっ、いかほどって?」
「われを待たせるというのに、『ちょっと』とは何事だと申しておる!」
「へっ⁈えっ、えーっと、時間ってこと?10分?」
「10分とな‼︎‼︎」
「ぐえっ⁉︎、いや、6分くらい、かな?」
「『くらい』とは何たることだ!由々しき事態であるぞ!」
「急ぎ準備します‼︎すぐします‼︎」
さっき時間がなくて仕方なく諦めたグロスをポーチから取り出し、おもむろにリップに重ねる。
待ってあげてもいいよ、
出かける準備は出来ているから。
【待ってて】
「まま だいすき」
画用紙に描かれた似顔絵の横に、アクロバティックな動きを見せた文字が添えられている。
「ま」の最後のまるっとしたところが思いっきり反転している。
「い」は「す」を突き抜けちゃっているし、
「き」なんてとんでもない場所に着地している。
毎日欠かさず言葉で伝えてくれているけれど、その手で文字を書いて、伝えようとしてくれたことが、こんなにもうれしいなんて知らなかった。
キミのママへの愛情はめいっぱい伝わっているよ。
「ありがとう、ママも大好きだよ」
『伝えたい』