【冒険】
何故か、目が覚めると森の中だった──そんなわけはない。
僕が今いるのは、何の変哲もない自分の部屋。好きなものを飾り、好きな物に囲まれている面白みも何も無い部屋。
「暇だぁ……」
しかし、変哲もないゆえに毎日が暇だ。
親友と呼べるような友達もおらず、気軽に遊びに誘える知人もいない。学校もバイトもない休日は決まって寝て過ごしていた。
勿体ない、時間を有効活用しろ、と言われればそれまでだが、今の生活は嫌いじゃない。
なぜなら、夢の中こそ俺の本当の世界だから。
「おぉ!」
目を閉じれば、待ってましたとばかりに犬が飛びついてくる。俺が来るのが分かっていたかのように、いい匂いが鼻を掠める。まるで、ずっと待機していたかのように拗ねる美人がいる。
「ありがとう、お前は最高だよ」
全て妄想だ、夢の中だ。だけれども、自分を精一杯に出せるのがこれしかなかった。
誰かの前では緊張して上手く喋れない。目を真っ直ぐと見つめられれば舌がもつれる。絶望的に会話が苦手で、滑舌が悪かった。
笑われるしか脳のない俺が輝けるのは、この世界だけだった。
タバコの匂いが染み付いたテーブルを挟み、美人と向かい合って座る。思わず笑みがこぼれ、不思議そうに首を傾けられても曖昧に誤魔化した。
「美味しそうだね。いただきます」
蒸気が立ちのぼる大好物、シチューを前にして食欲が抑えられる訳がない。陽の光が当たりキラキラと輝くスプーンを、白く濁らせた。口に1度運べば、温かさと風味が口の中に広がる。
近くに置いてあったロールパンを手に取り、ちぎってはシチューに浸した。くたくたになったパンは口の中で蕩け、全身に幸せが回る。
「美味しい?」
「うん。とっても美味しいよ」
こちらに笑いかけてくる美人を横目で流した。
ふと窓の外を見れば、雨が降っていた。しかし外は明るい。天気雨と言うやつだろう。
席を立ち、木製の軽いドアを開けてみると、視界いっぱいに緑が広がる。どこまでも広がる綺麗な新緑色の草原に、所々小さな花が咲いていた。
少し歩き、なんとなく立ち止まった場所で仰向きに寝転んだ。ポツポツと全身にあたる雨は、どこか心地よい。
どれぐらいそうしていただろうか。意識がハッキリすると、暖かな日差しに包まれていて、名残惜しさを感じながらもゆっくりと起き上がった。
そうだ、あの美人に花を摘んでいこう。
辺りを見回せば、色とりどりな小さな花が目に映る。雫が陽の光に当たって、静かに輝いている花たちが。
摘むのはもったいないか。
空を見上げれば、そこにはきれいな虹がかかっていた。これをあの人にも見せてあげよう。
「──あれ?」
目が覚めた。集中力が切れたのか、なぜか現実に戻ってきてしまった。軽いショックを受け、数分の間蹲っていた。
あんな幸せな世界に、本当に逃げ込めたらいいのに。
タラレバなんてしても意味が無い。長く息を吐きながら、力強く目を瞑った。
さて、次はどんな世界にどんな自分を冒険させようか。