村人ABCが世界を救うまで

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2/21/2026, 5:31:07 AM

もうヴィルが消えてから一週間が経った。
王国軍はもう国境を越えた。もはや国と国の戦いでは済まなくなったのだ。置いてきぼりを食らったカノン達は、小さな村で停泊している。
ギールス達は自分を見限り、ティーエは居なくなったヴィルの後を仲間の妖精達と追っている。それこそ町中に、森中に可能な限りの結界を作っていくが、彼の痕跡は見つからない。
カノンは邪念を振り払うように、小雨の中で素振りを続ける。動いていないと頭がおかしくなりそうだ。何もできない自分が嫌だ。誰を信じたらいいのか分からなくて気持ちが悪くなる。
「カノン…」
服はぐっしょりと濡れ、短刀は振るう度に水滴が飛ぶ。わずかな魔法の軌道だけが光っていた。濡れそぼったカノンは、もともとが小柄なのもありさぞかし悲壮感に溢れていたのだろう。一人残ってくれたミレーヌが軒下で見守っている。
「もう休んでよ。いつ、要請があるか分からないんだし…」
「要請なんてきっとないよ」
いつもよりずっと冷たいカノンの声に、ミレーヌが大きな瞳を見張る。仕方なく…というか彼女の出現がいいきっかけだったのだろう。カノンは訓練を終えることにした。
息は上がっているのに身体は冷えて、胃の中さえも奥底が泥のよう。
「おやすみ」
「待ってよ!風邪引いちゃう」
彼女を押し退けて自分の部屋に入ろうとするのに、布を持った細腕が止めてくる。
「どうしてぼくの側にいるのミレーヌ。君もこんな所にいないでもっと安全な所に帰りなよ…」
こんな人間のような人間でない自分の側に彼女がいるのが不思議だった。鬱陶しいとまで思えるほど。
「帰る場所なんか、どこにもないよ…」
ミレーヌが泣いていた。その途端カノンは彼女をものすごく傷つけてしまったのを知った、赤い瞳がすっと茶色に戻る。
「バカね。私達同郷なのよ、帰る場所なんか、どこにもない」
「ご、ごめ…」
そこまで言って、カノンも震えだす。
「こんな半端物に…なんで。ちくしょう」
いつの間にミレーヌはこんなに小さくなっちゃったんだろう。僕たちはいつからこんなに無力に苛まれるようになったんだろう。

(私達にできることをしましょう。どんなに微弱でも)

何度裏切られても敬虔なミレーヌは前を向いていた。

数週間前の彼女の言葉が甦る。ああ、思えばずっと彼女に支えられてきたんだ。
雨は強くなってきた。暖炉の薪が燃えている。もう深夜。
ホットワインを彼女が持ってきてくれた。スパイスが鼻を抜けて甘い香りが残りお腹に落ちて温まる。
同じベッドに座り、子供の頃のように世話を焼いて貰う。
「私が、居る」
暖かい小さな手が甘やかすように撫でてくる。


2/20/2026, 7:50:34 AM

秋の深まった、ささやかな暖かさのある昼間だった。風は冷たいけれど優しい。
岩間に作られた広場は山奥とは思えないほどなだらかだった。きっとここの主が開墾した跡だからだろう。
遠くで小川の流れる音がする。平屋の小屋は五つ。そのうちの大きな家から子供達が何人か飛び出してきた。耳の長いもの、毛皮や鱗ににおおわれたもの、四足歩行のものもいる。
甲高い楽しそうな声を聞きながら、カノンはぴたりと立ち止まった。
平和な光景だと誰もが口を揃えて言うだろう。
多くが迫害されて逃げ延びた子供や大人、老人達が住まう終の村だった。最初は荷運びの依頼でここまで来たけど、数日過ごしてすっかり愛着が沸いてしまった。はぐれ魔物達が人間と協力して畑を耕し水を運び、手負いの獣戦士達は警備の後継者を育てる様子を今朝見てきたばかりだ。
ここは村としてしっかりと運営されている。少し産業としては弱いけれど、放牧と畑と林業。立派じゃないか。
「どうした、お使いの途中だろ」
「おっちゃん」
2メートルのがっしりしたオーガに話しかけられた。人語が話せるのだ。そしてここの管理者。彼の善意で自分達は置いて貰っている。
「すぐ向かうよ」
「なんだ、寂しそうな顔して」
カノンは言葉につまった。なんでこんな感傷的な気分になったか自分では全然分からなかったからだ。
「そう、かも。ぼくの育った村に似ているんだ」
「ずっと向こうの森を越えたところだったか」
「ここのほうがずっと広いし整備されてる」
光栄だ、とおじさんはにやっと笑った。
「子供なのに、えらい遠くから来たな。良く頑張ったな」
「みんなと一緒だったから」
幼馴染み二人と、妖精と、道連れ二人。賑やかな旅だった。
「それでもえれぇな。そんなに気に入ったなら、うちの子になっちまえ」
大きな手ががしがしとカノンの頭を撫でる。
逃げたい。遠くに。ここに住みたい。みんなと一緒に。でもそれは叶わないんだ。色んな感情が渦巻いて、ちょっと鼻がつんとする。
おじさんは差別をしない。色んな種族な子供達を分け隔てなく愛情深く育てている。夢の未来をみているようで…切なかった。

2/17/2026, 6:12:45 AM

黒髪のエルフが細身の剣で大群に切り込んでいく。
敵の数は未知数。まるで何かに追われているかのように、小さな悪魔の群れは沸いて出てきた。
「シーナ、下がれ!」
「うん!」
すぐさま防御魔法陣を作り、シーナは両手にナイフを取り出した。2つ地面に突き刺し地の精霊に祈る。
「なんて数…」
弱いものはすぐさま弾けかれて飛んでいく。だが、壁を破ってくる大型は、魔力干渉と共に最前線のギールスと刃を合わせていた。こちらが雷を一つ一つぶつけていても埒が明かない。
「ミレーヌ!」
見知った少女が棒を手を飛び込んできた。結ったか髪がほどけ生傷を癒す暇もないようだ。
「ひとかたまりになって。守りの結界を作るわ」
「それが…!」
全員に付加をつけるつもりだった。ミレーヌが不安げに振り返る。
「スペアくんが居ないの!」
「うそ!さっきのではぐれた!?」
転移の罠がここでぶつかったのだ。考えうる最悪な状況だった。デーモン達のギャァギャァと甲高い鳴き声が続いている。
「カノンとヴィルは…」
「二人は無事だと、思う」
なんだかんだ、彼らは運が最高値にいい。魔物の群れに残しても無傷で帰ってくるような二人だ。
ギールスが一匹片付け、シーナの近くまで跳んできた。「いけるか」
「いけるかどうとかじゃないのよ、行くのよ」
前衛二人、後衛一人。バランス的には丁度良い。
すぐさまシーナの魔術が身体を取り巻いていく。
「いい返事だ」
二人は2手に分かれて大きなリザードに切り込んでいった。

2/16/2026, 9:15:31 AM

王宮の使者としてやってきたのは…かつて巫女隠しの村での後処理を預かってくれた青年だった。宿屋でミレーヌはパタパタと彼を迎える。
「あ、えーと。あのときはどうも。えーと…」
「ゼアル、だ」
「ゼアル…さん」
2人に気まずい沈黙が流れる。おかしい。そんなに物覚えが悪い訳でもないのに、彼の存在感のなさ…いや、もやっとした感じはなんなんだろう。(私ったら若いのに…)ミレーヌは1人で反省会をする。
「ほかの人は?」
「みんな出払ってます」
背の高い彼は近くまでは来ない。宿屋の部屋の入り口からは足を踏み入れないのだ。少しほっとした。
(青い髪…珍しい)
と、思ったけど。彼は他のことを考えているようだった。

2/14/2026, 1:33:29 PM

小さな人間を3人拾ったのは、瘴気を含んだ地方独特の雨が降っていた時だった。

2人は軽傷だったが、1人の少女は腹部に大きな出血があった。
背負われた娘に意識はある。だが血の気の引いた額に髪は張り付き、荒い呼吸を繰り返していた。朦朧とした瞳にもはや覇気はない。
「お願い、します。助けて下さい…」
旅人か家出か。こんな森の奥地に、地を知った村人でもあるまい。小柄であったが1人は戦士だろう。マントの下から薄い帷子の音がする。3人は酷く疲れていたようだった。
この俺が人助けだと。故郷も追われ長く独りのはぐれが。
「悪いが…」
雨よけの付加のかかった魔法壁の外で子供達の息を呑む音がする。
1人が物分かりよく目を逸らし、もう1人が目に涙を浮かべた頃だった。
「何よ!偏屈ね!これだから森の年寄りって言われるのよ」
甲高い声がした。驚いた。手の平ほどの妖精が娘の衣服から飛び出してきたのだ。
「お前…妖精か」
「まぁっ。田舎もんね、エーナスも知らないの」
知るかっ! 男は髪をうっとおしく掻き上げる。
確かによく見れば妖精の類とは違うようだが…
「妖精だかエーナスだかどうでもいい。お得意の回復魔法をそいつらに掛けてやればいいだろう」
「できないから困ってるんだってば!」
改めて理解した。彼ら3人を雨から守っているのはこの妖精…いや、エーナスとやらなのか。特殊な場合を除き魔法は一度に1つしか発動しない。
「助けてもらう態度か、それが…」
そう言った途端、少年が泥の地面に崩れるように膝まづいた。
「お願いします!このままじゃ、ミレーヌが…!!」
懇願だった。人間には詳しくないが、子供にやらせるには余りに胸糞の悪い光景…。
雨はまだ続いている。
ああ、しまった。やられた。
…なんなんだ今日は…。もう後には引けない。
黒髪の森の偏屈老人。もといギールスの、よく分からない旅の道連れとは、この氷雨の中出会ったのだった。

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