良い顔をするというのは
自分の素顔をいい人という仮面で糊塗することでもある
そうすると欠点は仮面の影で、密室に入れて鍵をかけられる
そうなるとどうなるか?
全く人目に晒されなくなった欠点は、腐敗し、カビが映え、肥大し、目も当てられない姿になる
なぜなら、そこだけ風通しが悪くなるからだ
だから私は常に良い顔の人ほど危険だと思っている
自己肯定感という言葉が流行っているけども
それは、欠点も長所もさらけ出して誰かに受け入れてもらうこと
必然、欠点も長所も規模の小さい間しか受け入れてもらえる可能性が望めないということでもある(だから普通の人は、幼少期に親から受容してもらうという過程を終える)
長じて今さら、肥大し、腐敗した欠点を「ありのまま」受け入れてくれる人など、誰が居るだろうか?
だから、良い顔をする、良い人の振りをし続けるってのはとても危険なんだ
多くの素顔を見せることに失敗した人たちは、愛情を迎合で代替し、利害と熱狂的全肯定の世界に住むことになる
日本でカルトが再三隆盛を極めるのはこういう理由からでもある
すべては愛されることへの挫折と恐れが長年の歳月でこじれ、中年以降に利害で補おうとすることから悲劇は生まれる
愛情不足
それはこの国の病なのだ
時々
愛されたい気持ちで
胸がパンパンになる
優しい笑顔を見ると
胸がパンパンになる
急に離れたくなくなる
まるで久々に父親に出会った
赤ちゃんのように
自分を知ること
自分と言う城を築くこと
周りを知ること
地形を知ること
文化を知ること
気質を知ること
それらすべてを
城壁の補修、内部環境の整備と共に
維持できること
これを心の健康という
よって一度崩れたものを補修するのは困難だ
君の奏でる音楽は今日は雨音
あの人との別離を予感させるような
悲しい調べだ
麦わら帽子
今でも思い出す
藁を裏から押して遊んだこと
帽子の中に頭を突っ込んで藁の匂いを楽しんだこと
帽子に巻かれたリボンのさりげないお洒落さ
汗でしょっぱくなったゴムひも
汗と藁の香りのする麦わら帽子は
使い古して所々に穴が空いてた
でもプールや外遊びではとても重宝したな