37. 冬のはじまり
冬に気づくときあるある〜パチパチパチパチ
・影、長ってなる
・真昼も横から陽射し
・朝の布団が憎い
・ズボン履くとき寒い
・みかんが輝いて見える
36. 終わらせないで
好きな小説家がいた。いや、今もきっといる。その人はカクヨムにて投稿していたが、ある時投稿を止めた。Twitterのアカウントも消えた。小説を辞める訳ではないが、世には出さないと言っていた。
今も生きているといいな、楽しく書いているといいな、なんて一方的な我儘だからあの人はいい気分にならないだろうけど。この我儘をずっと続けてしまおう。
35. 愛情
恐らく子供でも知っている言葉だが、正直苦手意識がある。愛情って何?と聞かれても即座に答えることができないから。お題を見てあれこれ考えているうちに、敬う心と大切に思う気持ちがあれば愛情なのかな……?と思った。それにしても実感が湧かない語だ。それで愛に相当しそうな語を複数言語で調べたが、そも何となく、感覚的に分からないのだ。と思っていたところ、こんな記載を見つけた。もう俺がどうこう言うより読んでもらったほうがずっと面白い。
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【日本語における〈愛〉】
[〈愛〉は外来語]
歴史的に〈愛〉は日本語本来のことばではなく、中国から輸入された、いわゆる漢語である。
この事実は、日本語が、もともと、〈愛〉とか〈愛す〉という語を、ことばとして所有していなかったことを物語っている。
〈愛〉あるいは〈愛す〉という気持ちを表現する必要があれば、古くは、和語に依存して、名詞〈おもひ〉、動詞〈おもふ〉を用いたこと、たとえば〈にくむ〉の反対語として動詞〈おもふ〉をあげた《枕草子》第71段の記事によってもうかがうことができよう。
《枕草子》と並んで、《源氏物語》にも、〈愛〉〈愛す〉の語は1例も使用されていない。
このように平安女流文学においては、〈愛〉〈愛す〉が使用されていないのに対して、平安末期の仏教説話集《今昔物語集》では、これらの語が頻用されている。しかし、この現象は、必ずしも時代の新古のみによるものとは考えられない。
院政時代の古訓集成とも称すべき《類聚名義抄》に、〈寵〉〈恩〉〈恵〉〈寛〉等々の漢字をアイスという語で読むことが示されている以上、漢文訓読の世界では、相当はやくより〈愛す〉という語が普及していたことを推測させる。
[仏教思想と〈愛〉]
さかのぼって、《万葉集》巻五、山上憶良〈思子等歌一首〉の前に置かれている〈釈梼如来、金口正説、等思衆生、如羅順羅。又説、愛無過子、至極大聖、尚有愛子之心、況乎世間蒼生、誰不愛子乎〉という漢文の序も、〈愛は子に過ぎたりといふこと無し。至極の大聖すらに、なほし子を愛する心有り。況んや世間の蒼生、誰か子を愛せざらめや〉というふうに、当初から、〈愛〉を字音語のまま読んでいた可能性が強い。
憶良の〈思子等歌〉は子に対する愛を切々と訴えた名歌として知られている。〈瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものそ まなかひに もとなかかりて 安眠しなさぬ〉。
しかし、憶良は、このような絶ちがたい子への愛が、釈梼の戒めた煩悩にほかならないことを十分に知っていた。
仏教の知識を踏まえて述作された漢文の序は、その線に沿って、〈愛執は子に勝るものはなく〉〈無上の聖人でさえ、子に愛着する心はある。まして、凡人たるもの、子に愛着せずにいられようか〉という意であったと解される。
儒教における〈愛〉は〈ネンゴロニシタシム心〉(《和漢新斤下学集》)であったが、仏教において、〈愛〉は〈十二因縁〉の一つであり、因果応報の理をまぬかれない。〈愛〉にもとづく後世の悪報は、《今昔物語集》の説話の随所に力説されている。
あるいは、わが子を昏愛した罪のために馬身と生まれた親。あるいは、庭前の橘を愛した罪によって小蛇の身を受けた男など。
《今昔物語集》がとりあげた〈愛〉は、以上のごとき仏教的見地から見た悪念としての〈愛〉であるが、この考え方は、仏教色の濃厚な中世文学の全般を覆っている。たとえば、〈法華を行ふ人は皆 忍辱鎧を身に着つつ 露の命を愛せずて 蓮の上にのぼるべし〉(《梁塵秘抄》)。
仏教思想による〈愛〉は、男女間においては愛欲、そのもっともいまわしい形態は性愛であると考える。
動詞の〈愛す〉も、したがって、中世以降、しばしば性愛の行為をさして使用される場合があった。
〈愛〉は、単なる心理ではなく、肉体の生理と直結していたのである。
このような用法が普及するに及んでは、〈愛〉という語に神聖な意味・感情を与えることは、きわめて困難となる。室町末期、キリシタンの宣教師が、キリスト教の〈愛〉を説こうとして、本邦の〈愛〉という語を採用しなかった理由はこの点に求められる。
彼らは、伝道の便宜上、仏教的な漢語を意識的に多量に導入したが、〈愛〉の語だけは忌避した。
彼らは、日本にあって好ましからざる意味を持つ〈愛〉の語を避け〈大切〉〈御大切〉という語を代りに使用した。
キリスト教における〈愛〉の概念が、漢語〈愛〉によって示されるようになったのは、明治初年以後のことである。
[《近代日本に於ける”愛”の虚偽》]
しかし、日本人の精神構造のなかには、元来、キリスト教におけるような、神と人との間の、また、人と人との間の対等の〈愛〉を理解しうる地盤がない。
近代の日本人は、なまじ、キリスト教を通じてヨーロッパ系の〈愛〉を輸入したために、われわれの内部に定着しうべくもない〈愛〉の実在を錯覚してしまった。
《近代日本に於ける”愛”の虚偽》と題する論文を書いた伊藤整が、〈心的習慣としての他者への愛の働きかけのない日本で、それが愛という言葉で表現されるとき、そこには、殆んど間違いなしに虚偽が生まれる〉〈男女の結びつきを翻訳語の〈愛〉で考える習慣が日本の知識階級の間に出来てから、いかに多くの女性が、そのために絶望を感じなければならなかったろう〉と慨嘆したのは、まさにその意味においてであった。
佐竹 昭広
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幼少期に経験していない感覚は後から知識として知ってもその先実感を持って理解するのが困難だという話もあるから、文化や歴史の違いで理解しにくかったと分かって納得した。愛について考えることはある意味異文化交流なのかもしれない。そう思うと愛の感覚的理解のしがたさによる疎外感がすっと消えていくのだった。
34. 微熱
休むには罪悪感があり、頑張るにはハードな微熱。本人の意思で無理するのと、周りが圧をかけて無理をするのとでは質が違う。
微熱に限らない。むしろ名前を持たないような身体、精神の不健康を抱えている人が周りに生きている。周りだけではない。その大小や頻度は人によれど、誰しも身体は覚えていると思う。
しかしながら、その辛さにどう反応したのか、或いは乗り越えたかという点が疑いなく他者に適用されるとは思わない。自分は出来たから君も出来なくてはいけないのか。君がするなら自分もしないといけないのか。
他者との関わりの中で生きているが、自分は他の誰でもなく自分だ。それさえ憶えていれば俺はもっと楽になるはずだ。
33. セーター
セーターは重い。今着ているのも牛乳パック二本よりは軽いが、一本よりは重いくらいだ。羊は自分の毛の重みで体が凝らないのだろうか。ウールじゃないものもあるが、やっぱりこの温かさには敵わない。それに、冬は4番目に好きな季節ではあるが、この重さも冬って感じがして嫌いじゃない。冬は少し窮屈で不便でないと。