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1/27/2023, 1:09:28 PM

           優しさ

「…ん?」
「ミャア」
 段ボールの中から聞こえた小さな可愛らしい声が、私の耳に入る。絶対いるよなこれ。
「…どうしよ」
 今は雨が降っていて、私は傘で濡れないでいるが、きっと箱の中はきっとびしょびしょなのだろう。
あいにく、私は予備の傘を持っていない。そのため、この子に傘をあげることができない。
でも私が濡れるのは嫌だ。
「…許してくれ猫よ。今回ばかりは仕方がなかったと…」
「ミャア…」
つぶらな瞳でこちらを見つめる。その真っ直ぐな視線が私の心に突き刺さる。
ううっ!やめろ!見るな!
「仕方がなかったと…思って…」
「ん"なぁ…」
 段々と強くなっていく雨。助けを求めている猫。濡れたくない私。
…もう、この状況になってしまったら…。

「持ち帰るしかないやろ〜…」
玄関で段ボールごと持ってきた私は、とりあえず猫を床にあげてその姿を見る。
「名前が必要だもんね」
相変わらず私の目をじっと見つめる。ううっ、可愛い。
「…よし決めた、あんたの名前はめいくだよ」
「メイクみたいなおっきい目ってことで。ダサくても文句言わないでね」
 めいくは首を傾げた。その姿もなんとも愛くるしかった。家にあげただけでこんなに気を許しちゃうなんて。きっと心の隅では家族だとか思っちゃってる。
「ミャア」
「みゃーだねー、お腹空いてる?」
めいくの頭をわしゃわしゃと撫でた後、首元を優しくさする。
ゴロゴロという音を出して、私の手に顔を擦り付ける。ペロペロと最後に撫でたら、コテンと床に倒れ込んだ。
おお…お腹や…。
「めいく、さては甘え上手だな?」
「みゃ」

「…で、持ち帰っちゃったの?」
「はい…そのまま1日過ごしちゃいました。なんならもうお留守番させちゃってます」
めいくを持ち帰って翌日。休日だったけど、この日は先輩とのデートがある。これは取り消せない。
だから仕方なく、めいくを家に置いてきたのだ。
「ていうか、亜澄のアパートペット禁止だよね。ダメじゃない?」
「ああ、めいくのことは秘密にしてます。でも、今アパートに住んでいる人で猫アレルギーの人がいないはずだったんで、まあ良いかなぁみたいな?」
「強いハートをお持ちだね」
ははは、と先輩の方を見る。
先輩も、目が大きいな。めいくみたいだ。
「…なに、照れるんだけど」
「へっ、あっ、すんません」
「…いや、悪い気はしないから、だいじょぶ」
 そっぽを向いた先輩の耳は赤かった。そんな彼の姿を見ると、私は嬉しくなる。先輩の特別が見えたみたいで、優越感を覚える。
青春だなぁ。
「…ん、先輩、電話鳴ってません?」
「え、ほんと?」
先輩はポケットの中からスマホを取り出した。ブー、ブーと振動しているスマホの画面には、"さち"という文字が浮かんでいた。
「うわっ、こいつ…」
 さちとは、先輩の元カノの幸枝さんのことだ。私は、この人の後輩にあたる。だから、先輩と付き合ったときは幸枝さんの妬みが凄かった。
「出ていいですよ。きっと何か伝えたいことがあるんじゃないですか?」
「亜澄が言うなら、いいけど…」
先輩は自動販売機付近に行って、嫌な顔をして電話していた。
私も少し近くに行って、少し盗み聞きをする。
『えー、いいじゃん家来てよ、また』
ん、また…?
「いつの話してんだよ。ていうか、もう電話かけて来んなって言ったよな」
『つい最近でしょー?あっ、彼女が出来たからもう来れないってこと?前までは沢山来てたじゃん〜♪』
「だから、前っていつのこと話して…」
『……るのね。察せれるから、私』
…するのねって言った?するって、何を…?
『…たまた…で…わ…しちゃった…』
二股電話!?!?
『……だよ』
だよって、何!?
「…