リボンってかわいい。
身につけるだけで私もプリンセスみたいに可愛くなれる気がするから。
リボンって素敵。
手繰り寄せればきっと運命の王子様に出逢えるんだって思わせてくれるから。
リボンって怖い。
遥か昔の夢と今の私を固く結びつけて、体にぐるぐる巻きついて、絡まって解けなくなったから。
予想通りリボンに引っかかって無様に転んだ私は上手いこと立ち上がれなくて、ごろりと床に寝転んだまま何年も過ごしている。
動けば動くほどに絡まるから、何もできない。
なんで解けねぇんだよ、これ。
もういいや、一生このままでいいや。
可哀想に。私は這いずってiPhone16を手に取った。
iPhone17出るの早くない?
この型落ち16、買ったばっかりなんですけど。
もはやミイラのようにぐるぐる巻きになっている左腕でスマホを耳に当て。
「お忙しいところ失礼いたします。」
「私、バイトやめます。」
"時を結ぶリボン"
手のひらの贈り物
心の奥底には箱があって、私のいらないものは大抵そこに入っている。
たまにその箱の中から汚ねぇゴミどもを引きずり出しては自分を苦しめるのだ。
これは病んでるとかそういうことじゃない。
ただの趣味だ。
こう書くと非常に変態チックだが、これがまた面白い。
今からまたやるつもりだから、見学していきなよ。
まずぱかりと蓋を開ける。
お風呂とか、寝る前のベッドの中とか、そういうなんにも考えない場所が好ましい。
騒々しい場所だと蓋が開けにくいんだ。
私はアイデンティティなんてものがなくて、親不孝者で、
怠惰で、気持ちの悪い劣等人間だ。
これは紛れもない事実。
箱の上の部分に入っていていつも一番最初に出てくる。
よくある自己認識のまとめみたいなやつだ。
こんなのはわかりきっているので横に置いといてもう1個引っ張りだす。
誰も私を愛さない。愛される資格なんてない。
人を愛すことも出来ない。生きてる価値がない。
これもよく出てくるやつ。常連さんみたいなもの。
こうやってひとつひとつ取り出していくんだ。
それからじっくりと出てきたものを鑑定する。
そうするとすごく苦しくなれるんだ。
大人になるって難しい。年相応になれない。
こどもっぽくて馬鹿な人間。
これは最近の掘り出し物。
成人して大人としての責任を説かれる度にこいつは箱の底から浮上してくるからタイミングが合えば見つけやすい。
まあいわゆるレア個体だ。
年不相応な人間は叩かれる。SNSではなおさら。
フリルたっぷりの服を着れば、「フリルさん」なんてあだ名をつけられてくすくす笑われる。
好きなものを隠して生きていくのも処世術の一種か。
こうやって自分の脆いところを徹底的に痛めつけて、いかに自分が社会にとっての害悪か見せつけてやる。
そうすると自然と自分が欲している何かを見つけることがあるのだ。
失くしたと思っていたジグソーパズルのピースが本と本の間から出てくるみたいに。
まじでなんであんなところに挟まってたんだ?
とにかく、必要なものがわかったらそれを回収する。
まだ痛めつけたりないと思ったら続けていいし、飽きたらもっかい出したものを詰め直す。
私は大概1個見つけたらそこで飽きてやめる。
ちゃんと後片付けもするんだぞ。
詰め直したゴミどもをぽんぽんと軽く叩いてやってぱたりと蓋を閉める。
これでおしまい。
見つけたものはちゃんと目立つところに飾っておく。
誰かがそれを与えてくれるかもしれないから。
"心の片隅で"
⚠️ナマモノ⚠️
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「プロトコル・オブ・エデン」
未来学園「ネオ・セレスティア」。
第三者の監視下においてこそ世界平和は保たれる。
そんなスローガンが掲げられ早150年。日本はAIに支配されたディストピア、「ジャパン」と化していた。
しかし、厳格な洗脳教育の中でも逸脱者は現れる。
学籍番号46801002、××××。
そしてその彼に洗脳を解かれた学籍番号87620124、𓏸𓏸𓏸。
逃げ場のないこの世界で、2人だけのシャングリラを求める物語。
「ジャパン」ではAIの監視下におけない紙媒体を使用することは禁止されている。この「ネオ・セレスティア」でも例外ではない。しかし一体どこから調達したのか、××は小さな紙切れを𓏸に握らせる。
「きっと君ならわかってくれるはずだ。俺はずっと見てきたからね。」
意味深に囁いて去っていった××。
洗脳下にあった𓏸は××を社会的異分子として告発しようとするが、どうしても内容が気になってしまい、告発する前に中身を把握しようと紙切れを開く。
この世界がもたらすのは平和ではなく停滞だ
君がもつ違和感に気づけ
𓏸は殴り書きされた荒々しい文字の羅列を何度も何度も読み返す。指先でなぞって確かめる。
ノイズがかかっているかのように脳が理解を拒む。
しかし文字が脳に浸透するように、じわりと文字列の成すその意味を少しずつ理解していく。
もう7度ほど読み返し、ようやく全ての意味が繋がる。
そうして一度気がついてしまえば、とめどない疑問が頭を支配する。
私たちが掲げる世界平和とは?
第三者の監視下…その第三者とは誰を指すのか?
表現の規制、画一的な衣食住プラン、1秒単位のスケジュール。これらは本当に、世界平和に必要なものか?
どうして気が付かなかったのだろうか。
この世界の異様さに。
歴史書を見たなら知っていたはずだ。監視下に置かれだしたのはせいぜいここ100年のうちであることを。
では、その前は?
今のように全ての行為が監視されていたことがあっただろうか。
血の気が引いた。
とにかく××××に会わなければ。
彼は私の疑問の答えを知っている。
そんな気がした。
次の日、自然な挨拶を装って××と接触する。
××は、今朝処分を言い渡されなかった時点で彼女の洗脳が解けたことに気がついていた。
「君ならわかってくれると思っていたよ。」
「どうして私なの。」
「この気味が悪いくらい規律正しい世界で綻びがあったのは君だけだ。」
「……そう、なんだ。」
「俺と一緒に逃げ出さない?こんなところにいたって息が詰まるだけだ。」
「逃げるって言ったって、もうどこも監視下なんだよ?」
「創ればいい。」
「つくる…?」
「創世するんだ。俺たちだけの、隠された楽園を。」
「……馬鹿みたい…でも、そうだな。話くらいは聞いてもいいよ。」
「そうこなくっちゃ。」
××は𓏸の手を引いて廊下を進んでいく。
監視カメラの死角を利用して通り抜けた廊下の先。
ひとつの扉があった。
この先に俺の秘密基地がある。今夜ここで落ち合おう。
𓏸はただ、微かに頷くだけだった。
深夜、𓏸は××に教えられた通りの手順で寄宿舎を抜け出して校舎の壁に張りついていた。
監視カメラに映らないよう慎重に進む。
そうして辿り着いた廊下の最奥。
少しだけ開いた扉の隙間に身体を滑り込ませる。
××の秘密基地は旧日本時代に使用されていたもので溢れていた。
鉛筆。レコード。新聞紙。
ジャパン史の授業で見たものばかりだ。
そして××は1冊のノートを取り出す。
ひとつずつ𓏸の疑問に答えていく。
崩れていくこれまでの常識と世界への疑心。
多大なショックに座りこんだ𓏸。
××がそっと距離を詰める。
至近距離にどくりと音を立てる心臓。
「俺と一緒にここを出よう。2人で、俺たちだけの楽園をつくるんだ。」
目を細めて妖美に笑う彼に当てられてしまった。
創世、隠された楽園。
𓏸にはもう、彼を拒むだけの力は残っていなかった。
2人で学園を逃げ出す。しかし外も監視社会。
あっという間に追っ手が手配される。
2人は学園から支給されたインカム型行動記録カメラを投げ捨て、路地裏をひた走る。
××に導かれて飛び込んだ禁止区域は荒廃した、しかし緑豊かな世界だった。
旧日本時代の廃屋。家々を貫く市街地では滅多にお目にかかれない青々とした木。
そのどこにも監視カメラや監視ドローンはなかった。
廃屋のひとつに侵入して、一息つく。
この世界の人間の思考は既にAI至上主義に支配され、自らの意思で突然例外的な行動を取ることができなくなっている。
つまり、AIの監視がない場所に限るなら人間の追っ手は脅威になり得ない。
それを逆手に取った××の作戦が功を奏し、2人はひと時の安寧を得た。
外の木になっていた果実をもぎ、口をつける。
初めて口にする果実は、栄養バーよりも固くて、甘い。
「私、××くんのこと不思議ちゃんだと思ってた。」
「どういうこと?」
「だって、みんな同じようにしてるのに××くんだけいつも違うんだもん。どうして同じにならないんだろう、変なのって思ってた。」
「けど…変なのは私たちの方だったんだね。」
××は薄く笑って、何も言わなかった。
2人は足の折れたテーブルの下に1枚の地図が落ちていることに気がつく。
そして、地図に不思議な書き込みを見つける。
「…この空白、赤いバツがついてる。」
「本当だ、ここになにかあるってこと…?」
「わからない…これは俺の勘、だけど。俺たちはこの地点に行くべきだと思う。」
「もう一度ここを出るの?」
「うん。ただ、危険だから俺一人で行くよ。何があるか確かめたら必ず帰ってくる。君はここにいて。ここならきっと安全だから。」
「……そんなのダメ」
「…え?」
「私たち2人で、私たちだけの楽園を創る…そう約束したのは××くんじゃん。私は君を信じてついてきたの。君も、私を信じてよ。」
「……ごめん。なら、一緒にここを目指そう。ここには何かがあるはずだ。」
「…もちろん。」
結局彼は私を信じるとは一言も言わなかった。
それがなんとなく寂しかったのはなぜだろうか。
旅の果て、××たちは件の空白地点に辿り着いた。
バツの箇所には完全を装うシステムの綻びがあった。
「地図のバツは以前の逸脱者が残したものだ。」
「AIは完璧を演じているけど、過去を完全には消せない。」
「だから、こういう"例外の墓場"が残る。」
「××くん…?」
「ここから先は、俺の話だ。」
「俺は旧日本時代を生きていた。」
「え…?」
「俺は、ハーフアンドロイドだ。人間の体とアンドロイドのデータベースを持つ、人造人間なんだ。俺を作ったマスター――母さんが、データを改ざんして俺の記憶を守ってくれた。それからずっとあの学園にいたんだ。そうして小さな違和感を追い続けた。いつかきっと、希望が見つかると信じて。」
「………」
「𓏸、君は俺の希望だ。でも、俺は…ずっと君に隠してきた。俺には、君のそばにいる資格がない。ここは安全だから、君なら十分やっていける。だから…」
「勝手に決めないで!」
𓏸の引きつった叫び声が××の吐露を遮った。
「私のことまで勝手に決めて、諦める理由にしないで。アンドロイドだから何?隠していたから何?
友だちにだって秘密のひとつやふたつあるでしょう?
君ってそうだよね。
いつも大事なところで自分に嘘をつく。」
「……!!」
「あの時の言葉が本物なら、もう一度ちゃんと言って。私は君を信じる。本当だよ。嘘じゃない。だから、お願い。私を信じてほしいの。君の本当の気持ちを、願いを、言葉にして。」
「……俺は………𓏸と、ここで暮らしていきたい。ここに楽園を作りたい。もう監視の目から隠れて、記憶を消されることに怯えて、"俺"を押し殺していたくない…!俺だって…俺だって……幸せに、なりたい………」
「……なんだ、言えるじゃん。あのね。学園を出た時点で私はもう君のそばを離れるつもりはないんだからね?突き放そうとしても無駄だから。」
「𓏸……」
二人はここに希望を見た。
畑を整えて、家を作り直して、見つめあって笑い合う。
ここはシャングリラ――「プロトコル・オブ・エデン」。
今は2人だけの、隠された楽園。
シャングリラ。
それはこの世界のどこかにある忘れ去られた桃源郷。
しかし、その楽園の種はずっと。
私たちの中にあったのかもしれない。
"君が見た夢"