手紙には新聞から切り取られた「お悔やみの欄」に載る自分の名前があった。そして未来の私?(私は死んでる筈だから母からだろうか?) から一言。
「よく頑張ったね」
未来の技術でも文字数制限があるのだろうか。
簡潔な一文だけだった。
題『10年後の私から届いた手紙』
チョコをきっかけに「いつもありがとう」と言えたらいいね。バレンタインは日々の感謝を伝える日。こんな日くらいは怒鳴らず過ごそうよ。自分にも他人にも甘々な一日を笑顔で過ごしたい。
題『バレンタイン』
「もうちょっと待ってて」母に伝える。
揚げ物をオーブンで加熱した後に電子レンジで20秒温める。火傷しない程度にアツアツなのが好きなんだ。ガリをほんのひとかじり。「温めていいよ」すぐにタイマーが鳴って持ってきてもらう。古い調味料の中から味のバランスを考えずに消費する。冷蔵庫にいつまでも入っているのが嫌だから。2口目は最近飲み込めない。ビニール袋に吐き出しながらダイニングテーブルの左右の椅子を戻す。誰かが座っていた訳ではなく、もし倒れた時に頭を床に打たないようにするため。「お腹すいたな。でも食べ過ぎた感じもして具合悪い」矛盾する感情が同居する。土曜日は買い物に行く予定なのだけど、どれだけ考えても苦しくない外食先が浮かばない。行きたい場所、食べたいモノは沢山あるけど、1口しか食べれないからどこも行けない。持ち帰りもあるけど店内で食べたい誘惑だってあるんだ。
いつの日か、口いっぱいに頬張れる日が来るだろうか
題『待ってて』
長年の疑問にボクなりの終止符を打つ。食後に失神して病院に何度も搬送された理由。それは「食べ過ぎてしまった」という圧倒的恐怖。あくまでボクの中の主観であって他人と比較すれば微々たる量でしかない。だけどボクの中では食べ過ぎだった。
既に飲み込んでしまったものに対して「闘う」ことも「逃げる」こともできないなら『死んだフリ』をするしかない。脳内が急激に熱を帯び、世界が回る。白目を剥き両手足を痙攣させながら失神する。胃の中のものを吐き出し食材としての品質の悪さをアピールする。何故なら"死肉"は食べられずに生き残れる可能性があるから。狩猟時代に刻まれた人間のDNAが無意識の生存戦略をとっていたんだ。
原因不明の失神は「生存のための死んだフリ」だった
題『伝えたい』
フレームの飛び出たソファは硬く、尾骶骨がぶつかって痛い。炬燵は付いておらず膝掛けの上に湯たんぽを置く。この場所が好きな訳ではなく、むしろ嫌いだ。ただ自室は寒すぎてヒーターを稼働させないといけないし階段を登る気力は無い。結局はソファに座っている事しか出来ないんだ。YouTubeさえ億劫な思考回路は目を閉じて選択画面さえ表示しない。希死念慮が友達のように気さくに声を掛けてくる。刑の執行はまだだろうか? "さあ、いつだろうね。今日か明日かずっと先か"
この場所を離れる時はまだ来ない。
題『この場所で』