人の心ってのは難しい
――もう一つの物語
少し手を伸ばしてみる。何もつかめない。
一歩踏み出してみる。どこも痛くない。
大声を出してみる。反響しない。
「ということは、ここは密室ではない」
辺りは暗くて何も見えないが、希望が見えた。
何しろオレは暗くて狭いところが苦手だからね。
「ところで今日は星がよく見えるね」
オレが言うと流暢な日本語でティモシーは言った。
「当たり前でしょ。ここは外で、見渡す限り森の3乗なんだから。頭良さげ風な地の文と声質やめろ」
「つまり言いたいことは?」
「お前は馬鹿」
――暗がりの中で
あとで書くね
紅茶の香り
「海未さーん、何読んでるんですか?」
あたしは海未さんの読んでいた本の背表紙を覗き込む。
『わたしの中のあの人も、
そんな人だったら良かった。』
「恋愛モノですか?」
「そう…恋愛というか、愛そのものっていうか……」
海未さんは本で顔を隠す。
「何赤くなってるんですか? 全然恥ずかしいことじゃないですよー?」
海未さんの赤面している姿は珍しい。国宝だ。
「面白いんですか? それ」
あたしが海未さんの隣に座ると、海未さんは今にも泣きそうな瞳であたしを見る。
「……笑わない?」
「場合によっては」
「響夏ちゃん、オレ泣くよ?」
「泣いたら慰めてあげますよ」
「かっこいいこと言うね。この小説の主人公たちを支える人みたい」
「どんなお話しなんですか?」
「良い話だよ。ヒロインには昔付き合ってた彼がいたんだけど、彼が亡くなった理由が人助けだったの。ヒロインはそのことにすごく落胆してさ。たしかに人を救ったってのは素晴らしいことだけど、自分の望んでた結末じゃないってね。ひたすらに彼女は自分のために生きてほしかったんだよ。
そんな中ヒロインに告白してきた人がいてさ。彼とは全く違うタイプの人間だったの。口下手で不器用って感じの。ただ、すごく話しが合うんだって。だから言ったんだ彼女『もしも目の前で人が助けを求めていたら貴方は助けますか? 自分が死んでしまうとしても』ってそしたら彼さ言ったんだ。『いつだって君のことを愛してるよ』って。それは自分がそんな状況だったら死ぬ覚悟があることの意思表示なんだよね。
それから彼女は楽になった。いつ自分の側から離れてもおかしくないからもっとずっと彼のことを愛することにしたんだよ。ひとつ重要だったのは、『自分は簡単に死ぬから。覚悟しといてね』っていう愛言葉だけだったんだよ。
でもね、最後は彼女が人をかばって死んじゃった。連鎖ってやつだよ。一度そういう姿を見ると自分もやっていいんだ、ってなっちゃうから。それがどれだけ悲しいことだろうとね」
「……あたし海未さんのこと見くびってました。そうですよね。海未さんが普通の恋愛小説なんて読むはずないわけですもんね」
「普通のも読むよ。一般的に有名なのも。でもオレはマイナーだけどこれが好き」
「でしょうね」
――愛言葉
❥ちょっと私語マウンテンマウンテンかもしれないので何いってんのイミフ案件かもしれない。ちょっと今日文章下手。悪しからず。
廊下とかですれ違うたびに手を振ってくれる隣のクラスの人がいる。彼女は果たして友達なのだろうか。
一緒に遊んだことも、まともな世間話もしたこともない。
なぜか気に入られている。
なんでも私はゆるキャラらしい。
いるだけで助かってるらしい。
「人の心ってのは分からないねえ」
私が言うと彼女は
「随分急だね。ま、そういうふわふわしてるように見えて実は哲学的思想をしてるのめちゃくちゃ好きだよ」
と、嬉しげに笑った。
――友達