私にとって哀愁をそそる事とは
いつも見ていた景色が時と共に移り変わっていき、全く別の景色へと姿を変えていくことだ。
"ねえ"
鏡と向き合って髪を梳かしていると、ふいに鏡の中の私が口を開く。
私は一切口を開けていないのに、だ。
私はまたかとため息を吐いた。
初めこそ驚いたものの、この非現実ももう日常の一部となってしまったのだから、慣れとは恐ろしいものだ。
なんて考えているとまた鏡の中の私が話しかけてくる。
"そろそろこちらに来る気になった?"
「私はそっちには行かない」
口元に笑みを携えて私を見つめる"私"。
…冗談じゃない。鏡の世界になど行けるハズもないし、行きたいとも思わない。
"そう…。まだ来てくれないんだね"
何度も何度もハッキリと断っているにも関わらず、こいつ(私)は諦めていないようだ。
何故私をそちらの世界に誘うのかも分からないが、毎日のようにこうして声を掛けられる。
幻覚なんじゃないかと耳を塞いだり、見ないようにしたりと色々してみたが、世の中には鏡が多すぎる。
嫌でも"私"が視界に入る、声が聞こえる。
最近では日常生活にまで支障をきたしている。
私はとうとう我慢の限界に達して声を荒げた。
「いい加減にしてよ!行かないって何度言われれば気が済むの!?」
"はぁ、本当は同意を得てから連れて行くつもりだったんだけどなぁ。ふふ、まあ良いや。頃合いだし、明日迎えに行くね"
それだけ言うとあいつはスッと消えていき、鏡は正常に私を映す。
明日迎えに行くとはどう言う事だろう。
その言葉の意味するところを考えて私は恐怖に震えた。
すぐさま家中の鏡を全て処分して、電話で会社に明日は休むことを伝えて部屋に閉じ籠り布団を頭から被った。
鏡の中の私に怯えながら。
次の日、1人の女性が忽然と姿を消したというニュースが流れたらしい。
#鏡の中の自分
私はいつも、眠りにつく前に音楽を聴き始める。
耳にイヤホンを装着し、大好きな曲を流しながらゆったりと寛ぐ。
瞼を閉じてリラックスしつつ、全身から力を抜いていく。
気が付くと私は深い眠りに落ちている。
とても心地の良い眠気に誘われて…。
"私から離れないで"
"一緒に居て欲しい"
"永遠に"
彼女は私にそう言った。
私はその言葉に素直に頷けずにいた。
何故なら永遠なんてものは、この命ある世界には存在しないものだからだ。
いつかは終わりを迎え、皆居なくなる。
どんなに願おうとも時間は有限で、永遠に共にいる事は叶わない。
それでも私は、永く遠い時間を君と過ごしたい。
自分の理想が詰まった場所。
それが理想郷。
戦争も暴力も悪口も陰口もない、とても平和な場所。
いるだけで落ち着いて、心が穏やかになってポカポカと暖かくなってくる。
好きなものに囲まれて、幸せが溢れる。
そんな場所だと願ってやまない。