あの箱を見るといつも脳裏をよぎるあの時間。
あれから50年経ったが、約束を守り箱はそのままだ。
向こうではままだ半日しか時間が経っていないのだろう。
もう年齢的にも寿命は近い気がする。もう一度あそこへ行っても長く楽しめないだろう。
いっその事箱を開けて楽になってしまうのもありかもしれない。
そんな考えも脳裏を幾度も浮かんだ。
今はもう、朝から日が暮れるまで砂浜の陰で海を眺めるだけしか出来ない。
時々波の間に亀が頭を出すが、すぐに見えなくなる。
箱を開けてないか、約束を破ってないか確認に来ているのだろう。
もしかしたら、箱を開けることを待っているのかもしれないと脳裏に浮かんだが、頭を振り考えを追い出す。
もうすぐ日が暮れる。明日も来るから今日は家に帰ろう。
凪の海にはもう誰も居なかった。
(脳裏)
浦島太郎のオマージュ、玉手箱の約束を守り続けた太郎。
今横であくびをしながら賛美歌を聴いているコイツを殺す事は出来ない、意味がないことだと悟った。
教会の講堂に居る事、賛美歌を聴いている事、聖書が愛読書だという事、十字架の首飾りを掛けている事、快晴の公園で昼寝をしていた事、昨日の夕飯がニンニクマシマシのラーメンだった事、割と菜食派だという事。
全てが吸血鬼のソレに当てはまらない。
仕掛けた事が全く効かない。意味がない。
賛美歌を聴き終えて教会から出る。
道向かいの屋敷にそのまま向かい中に入る。
もう23時じゃないか、美容の為にもう寝るよ。
そう言って棺桶を改造したベッドに潜り込んで行った。
全く、この吸血鬼には、吸血鬼のソレが意味がないことなのだった。
(意味がないこと)
世の中こんな吸血鬼(?)が居てもいいよねって話。あ、この吸血鬼、寝る前に歯磨きしてない。
おじいさんの優しさだって事は分かってるのよ!せめてもの、できる限りの事だったのは知ってるのよ!でもね、あなたの笠とわたしの手拭いじゃ性能差がありすぎるのよ!おじいさん、笠が入ってた籠の方がまだ被り物としては優秀だって言いたいけど、あの場面じゃ言えないじゃない。
あなたとわたしの被り物交換しなさいよ!!
ドタバタと雪の中で暴れる手拭い被った地蔵をなだめ、あれやこれやと荷を引いて吹雪の中おじいさんの家を目指す笠地蔵達なのでした。
(あなたとわたし)
笠地蔵のオマージュ、笠の個数が足りなかったのはしょうがないよね。
舞踏会の賑やかな雰囲気とは裏腹に、裏方のキッチンシェフやソムリエやメイド達は大忙しだ。
シェフはいくつものフライパンや鍋を行ったり来たり。
ソムリエは、ワイン貯蔵庫と会場の往復で持久走のように止まらない。
メイド達はクッキー、マシュマロ、イチゴジャムをカートにたっぷり乗せてパーティー会場のケータリングコーナーに運び入れる。
カップケーキ、ババロア、プリン。次のカートも急いで運ぶ。
あまりに多く積み上げた使い終えた食器類は洗われもせず、次の料理が載って運ばれて行く。
行ったり来たり走り回ればあちらこちらで衝突事故も起きるもので、ゼリーに赤ワインに焼きたてのハンバーグが空を舞って、柔らかい雨のように降り注いだ。
だがみんな止まらない。後で片付ければいいんだと、次の品を手に持って任された仕事へ散っていく。
(柔らかい雨)
童話によくある舞踏会の裏方達の物語。
ここは、洞窟か?いや、それにしては生暖かい。
ほとんど何も見えない暗闇に1人きりだ。
時々、脈拍に似た音がこだましているがどこから聞こえているのか分からない。
壁を探して手を伸ばし、少しだけ前へ進む。
それはすぐに何かにぶつかった。感触で探る。手すりか、柵のようなものだ。
思い出した。ここは舟の上だ。という事は、光を灯せる道具があったはずだ。
舟の後ろの方に手すりを伝い移動する。道具を入れた箱の感触を探り、ランタンを探し出す。
どうか点いてくれ。
ランタンの開口部から一筋の光が延びた。
良かった、壊れてない。
辺りを照らす。
赤黒い壁が照らされた。
そうか、舟ごと飲み込まれて…
事態を把握すると共に、どうしようもない恐怖に座り込んだ。
落としたランタンの一筋の光は、赤黒い壁のその先の暗闇まで延び、先の見えない空間に消えていった。
(一筋の光)
ピノキオのオマージュ、おじいさん目線