一日が終わる。
何年生きても一日は早いものだ。
早く起きても特にいい事は起きないし。
だけど、私は頑張っているんだと思う。
周りに劣らないように、不器用なりに精一杯。
誰も見ていなくても
誰も評価してくれなくても
"神様だけが知っている"
貴方の頑張りも、私の頑張りも
今日という一日をしっかり生きた私達の
善も悪も、全て。
いつも思う。頑張って進んでいる割に全く成果が見えないこの道には何の意味があるのか、と。
私は何のために生きているのだろうか。
"この道の先に"
何があるのだろうか
何も無くとも生きている限り明日はつづくから
そこに幸せはあるから。
また頑張ろう
また月曜日だ。
カレンダーを見つめて憂鬱な気分になるのはもはや週末の恒例行事である。
好きな事と嫌いな事って紙一重だと思う。
やりたい事とやりたくない事
前者だけを選んで生きる事はほぼ不可能だし、それだと人生はちょっとつまらないかもしれない。
時々で良いとは思うけれど差し色は大切だ。
今日落ち込んだから、明日はきっといい日になるはず
そうやって自分を奮い立たせるのもまた週末の恒例行事だ。
"窓越しに見えるのは"
いつもの景色と、いつもより少しだけ綺麗な空
"赤い糸"
よく聞くこの言葉。誰しも一度は疑問に思ったことがあるのではないだろうか。
何故青い糸は存在しないのだろう、と。
精神的な落ち着きを得られる青よりも、燃えるように熱い赤の方が相応しいのだろうか。
そもそもこの言葉は恋愛面でよく聞く。何故なのだろう。
こんなしょうもない疑問ばっかりで出来た私の日々は
赤でもなく青でもない、沢山の色で混じった糸で構成されている。
運命の青い糸も私はとても素敵だと思うけどね。
暑いのにジメジメしている
そんな時は大体空にアイツがいる
"入道雲"
そう呼ばれるアイツは、大雨や暴風を呼んでくる
それは気圧やなんやらが影響して出来るらしい。
可哀想なやつだ。理科的な生態のせいで人を苦しめている事を知りながら、それでも生まれた以上は嫌われ役にならなければならないのだから。
偏頭痛持ちにとってアイツは危険信号でしかない。
しかし一方で雨や風が好きな人もいるだろう。
そんな人には神のように思えるのだろうか。
人のように、相手の捉え方によって善悪が決まるのだ
そうやって事物は全て生きているのかもしれない。